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2022年12月7日

生物多様性の保全を通じて地球の未来を確保するために

生物多様性は、我々の暮らす地球にとってかけがえのない財産です。開発に大きな役割を果たす生物多様性が損なわれるようなことがあれば、苦労の末に達成された多くの開発成果が損なわれることになります。例えば、森林が破壊されると、炭素吸収源が失われるために、気候変動が一段と加速してしまいます。アマゾン熱帯雨林はかつて、炭素の年間排出量の内5%を吸収していましたが、今はもう違います。アマゾンでは、2022年の最初の6カ月間だけで、北京の2倍以上の面積に相当する1,500平方マイルのアマゾンの森林が破壊されました。さらに、すべての紛争の40パーセントは、天然資源が原因となって引き起こされ悪化している上、天然資源で得られた利益が資金源となっています。

生物多様性は、気候変動や紛争といった危機による開発への悪影響を和らげます。また、雇用やGDPを生み出すことで、貧困国や各国の貧困層コミュニティを助けています。例えば漁業分野では、世界全体で6,000万人の雇用が漁業や養殖業に直接結び付いています。さらに、そうした雇用1人分につき2.5人分の雇用が漁業バリューチェーンの中で創出されています。つまり2億人に雇用を提供しており、その6割は途上国における雇用です。林業やエコツーリズムなどの産業でも同様です。

自然や生物多様性の損失は、経済や金融セクター、ひいては開発に対する深刻なリスクであり、見過ごすことはできません。マレーシアがその良い例です。世界銀行の最新の報告書によると、生物多様性が世界一高い国の一つであるマレーシアでは、生態系の一部が破壊された場合、2030年までにGDPが年間6%失われかねません。これは、2020年のコロナ危機による損失に匹敵する規模です。マレーシアの中央銀行であるバンク・ネガラとの最新の合同調査によると、銀行部門による商業融資の半分以上は、生態系サービスへの依存度の高い部門に対するもので、90%近くは、それ自体が生態系に大きな影響を与える部門に対するものでした。

生態系が一部破壊された場合と、転換点を超えない場合を比較した2030年の実質GDPの変化
出所:世界銀行

サービスが、かつてないスピードと規模で消滅しており、経済と生活には既に壊滅的影響が及んでいます。そして生物多様性の損失と劣化による影響を最も大きく受けているのが最貧国です。

世界GDP44兆ドルの50%以上は、天然資源に依存しています。

我々が自然にとって必要なのではなく、我々にとって自然が必要

森林、水、水産資源、鉱物、生物多様性、土地などの自然資本は、過小評価され、十分な配慮もされていないため、損失も正確に認識されてはいません。森林を破壊することで産出された木材は、販売されてその国のGDP成長に貢献しますが、その一方で、国の富が失われ、未来が脅かされてもいるのです。  

しかし我々には、乱開発による損失について理解し、保全機会を手にする方法があります。自然資本会計(NCA)を用いて、国の富と開発機会に対する自然資本の貢献度を測定すれば、自然に配慮した行動・行為へと投資をシフトすることで、いかに持続可能な成長、気候変動対策、自然保護に同時に貢献できるかを示すことができます。

自然資本会計は、自然資本のストックとフローを測定・報告するための体系的方法であり、意思決定者が環境と経済の相互作用を理解するために役立ちます。世界銀行のl持続可能性に関するグローバル・プログラムは、政府や金融セクターがNCAをはじめとする環境・持続可能性への配慮という概念を官民の意思決定に取り入れる際に必要なツールや専門知識を提供しています。

今、何が問われているのかを考えてみてください。世界GDPの半分以上が、授粉、水のろ過、原材料など、生態系サービスに高度にまたは中程度に依存する産業で生み出されています。農地や森林などの土地資産、漁業やマングローブなどの海洋資源を含む再生可能な自然資本は、低所得国では富の23%、低中所得国では10%を占めています。  

国や市場を問わず、自然は経済の要でありながら、過小評価され、ないがしろにされ、十分な投資が行われていません。

食用作物の75%以上は動物による授粉に依存していますが、過去数十年間に既知の昆虫種の40%以上の数が減少しています。

地球環境の保護・回復は、開発における重要な課題です。この課題は慈善事業ではありません。我々が生命と暮らしを依存する経済的豊かさを維持するための極めて重要な問題としてとらえる必要があります。国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)5)に集う我々には、自然や生物多様性による経済的貢献を実現するためのツールがあります。投資家や政策立案者が将来の繁栄を脅かす盲点を見逃すことがないよう、経済の意思決定に影響を与えるためのツールです。 

"何かひとつの解決策では十分ではありません。我々は、保全し、より持続可能な生産と消費を進め、開発計画の中で自然資本の価値を考慮しなければなりません。国際開発金融機関(MDBs)、政策担当者、民間企業、一般市民の誰もが、我々の未来を守るための役割を担っています。"
Mari Pangestu
マリ・エルカ・ パンゲストゥ
世界銀行専務理事(開発政策・パートナーシップ)

新たな可能性への扉を開く

雇用拡大を支える生物多様性

イエメンでは10年近く続いた紛争を経て、漁業バリューチェーンが壊滅的な状態に陥っています。人口の3分の2が食糧不足に苦しんでおり、魚は人々の食生活に欠かせないばかりか、重要な輸出品であり、雇用を生み出してもいます。 

世界銀行は、4,500万ドルのグラントを通じて水産業の活性化を支援しており、持続可能性をその中核として位置付けています。そこで、地元のパートナーや漁業コミュニティ、団体と協力して、持続可能な漁業管理を通じて、魚類やその生態系を保護しながら生産量を増やし、雇用を創出するプロジェクトを進めています。

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紅海に面したイエメンのフダイダで売買される魚。写真提供:Sergey-73/Shutterstock.com

同グラントは経済の多様化を支援することで、イエメンの経済機会を拡大し、食料安全保障を改善します。持続可能な漁業バリューチェーンの再構築は、将来にわたりより確かな生計を可能にします。

自然を守ることは経済の原動力となる可能性があり、コストととらえる必要はありません。

30億人以上が、タンパク質摂取と生計を海洋・沿岸の生物多様性に依存していますが、現在、世界の海洋水産資源の90%が搾取または乱獲されています。

生物多様性の保護を通じた気候の保護

生物多様性と気候変動の危機は、極めて深刻な課題です。2つの課題は互いに絡み合っており、それぞれが不可逆的な転換点に向かって悪化の一途をたどっています。2つの課題には、別々の問題としてではなく、一緒に取り組むことが必要です。

世界銀行グループの新しい診断ツール「国別気候・開発報告書(CCDR)」は、気候、自然、開発の成果を強化するための支援のあり方として、自然ベースのソリューションを挙げています。

例えば、海岸沿いに生育するマングローブは、強力な天然インフラとして、海岸浸食を防ぎ、高潮を抑える「バイオシールド」として機能します。また、魚の重要な生息地でもあり、熱帯雨林の4倍もの炭素を吸収します。そのため、マングローブの劣化は、気候、社会、経済に深刻な影響を及ぼすことになります。

世界銀行は、2億8,500万ドルを投じて、インドの海岸沿いに200平方キロメートル(マンハッタンの3倍以上の面積)のマングローブを植える「統合沿岸域管理プロジェクト」を実施しました。再生された森林は、1ヘクタールあたり年間1.5トンの炭素を吸収しています。また、マングローブの面積が増えたことで、サイクロンの際の高波被害が軽減されるようになりました。

インドは、生物多様性を強化しながら、災害や気候変動等から国を守るために、自然ベースのソリューションに力を入れています。トリプルウィンのこうしたソリューションは、海洋生態系の生産性向上と、1,190万人の沿岸住民の保護を図るものです。

自然は気候変動対策の中心に位置しており、生物多様性と気候変動の取組みを一本化することは、持続可能な社会と包摂的開発につながります。

1990年以降、他の土地利用への転換により、4億2,000万ヘクタールの森林が失われたと推定されています。森林減少は2015~20年にかけて、年間でアイスランドの面積に相当する推定1,000万ヘクタールのペースで進んでいます。

マルチメディア

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インドのマングローブ再生

総合的ソリューション:セクター横断的な協力体制

生物多様性の危機の克服には、経済全体で取り組まなければなりません。つまり、あらゆるレベルのセクターや政策に自然への配慮を取り入れる必要があります。世界銀行はこうした取り組みに大きく貢献することができます。様々なステークホルダーを集め、状況を一変させるようなソリューションの試行と規模拡大の経験が豊かだからです。

インドネシアは、世界最大の熱帯泥炭地など、世界的に重要な自然資源を擁しています。これらの自然資産と生態系は、インドネシアの経済成長と数百万人の生活を支えています。また、泥炭地に蓄えられた大量の炭素が気候変動の緩和にも役立っています。

インドネシアの持続可能な景観管理プログラム(SLMP)は、国や州政府、民間セクター、市民社会、コミュニティが協力し、自然資産の保護・強化に向けた総合的アプローチの下で進められています。世界銀行とパートナーはSLMPを通じて、森林破壊と闘い、生活を改善し、気候変動への耐性を構築するために、分析、政策対話、投資を進めています。目標達成のための主要メカニズムのひとつに、政府やコミュニティの森林減少を支援する成果ベースの支払いがあります。プログラムの中心的役割は、利害関係者を共通の目標に向けてまとめることです。

SLMPはまた、土地管理に地元コミュニティや先住民族を参加させる取り組みも支援しています。これまでに290万以上の土地区画のマッピングが進み、政府のSLMP支援プログラムを通じて8万7,000ヘクタール以上を対象に社会林業ライセンスが付与されています。こうした取り組みを通じ、持続可能でない形で自然資源管理が進んでいることの要因を公平な方法で是正することが可能になっています。

"緩和は重要かつ緊急の課題です。その一方で適応と強靭化もまた同様です。適応はリスクにさらされることを減らし、強靱化は脆弱性を減らします。特に、世界的に排出が最も少ないにもかかわらず、排出の影響に最も苦しむ国々にとって大きな意味があります。"
Valerie M. Hickey
バレリー・ ヒッキー
世界銀行 環境・天然資源・海洋経済ブローバル・プラクティスのグローバル・ダイレクター

 

地域社会の参画が生み出す将来的利益

地域社会に雇用を創出する自然共生型プロジェクトや、共有資源の持続可能な活用のための地域協力など、すべてのプロジェクトの中心は、地域社会の参画とエンパワーメントにあります。

モザンビークでは、70%以上の世帯が自然資源に依存しています。自然や野生生物保護区が惹きつける観光客から、経済的安定をもたらす木材やや栄養源となる魚類まで、資源が再生可能かつ持続可能であることは地域社会の利益となるため、地域社会を巻き込むことが重要です。モザンビークの統合景観管理(ILM)ポートフォリオでは、森林破壊や資源開発、農村部の貧困、コミュニティの権利、土地管理などの課題に、問題やセクターを超えて取り組み、人間と自然の健全な共存を育んでいます。

モザンビークILMポートフォリオは、その成果を確実に維持する方法の1つとして、学生向けの環境クラブに資金を提供し、自然保護を鼓舞することを挙げています。13歳から17歳の少女に80件の奨学金を給付し、職業教育や一般教育を実施することで、環境意識を高め、行動の変化を促し、必要な行動をとるための基盤を育んでいます。

モザンビーク出身の学生、アルティミサ・エノセ・マルハンゴは、グラブでの経験をこう振り返ります。「環境クラブでは、読み書き、計算、子どもの権利、そして環境について学びました。これまでは、どうしたら環境を守れるのかわかりませんでした。環境のことを何も知りませんでしたが、今はわかります。環境はいずれ私たちの未来になり得るので重要です。」

官民パートナーシップ(PPP)も、コミュニティと協働する方法の一つです。保護区は、世界の自然資本と生態系サービスを守り、気候変動の影響を緩和する上で貴重な役割を担っています。しかし、管理のための資金は大きく不足しています。世界銀行は、アフリカ15カ国の政府とPPPモデルを採用し、40の保護区で共同管理パートナーシップ(CMP)を構築しました。保護区当局である政府、民間、コミュニティは、民間およびNGOの13の組織と連携し、アフリカの保護区の11.5%について共同管理または管理を委任しました。これらのCMPを包括的に検証した結果、アフリカでCMPのある保護区の資金調達の中央値は、CMPのない保護区の基準値の2.6倍、委任されたCMPでは14.6倍であることが判明しました。このように資金が増えることで、PAモデルの有効性が強化され、持続可能な投資にとって魅力が高まっています。

保護区のための共同管理パートナーシップ(CMP)
写真提供:世界銀行/地球野生生物計画(GWP)、GEF

保護区と自然を活用した観光は、重要な経済成長源。1ドルの投資に対して6倍のリターンが見込める。

生物多様性保全策の促進に向けた資金のあり方

資金フローの方向転換:資金のグリーン化と環境保全のための資金

変革のためのプロジェクトを推進する触媒となるのが資金調達です。世界銀行グループは独自の立場で、自然環境に配慮した投資のために金融商品を動員しています。政策担当者に影響を与え、既存の投資を、環境や生態系を悪化させる活動から保全する活動へと誘導する「資金のグリーン化」と言えるでしょう。また、生物多様性に配慮した投資に的を絞った、これまでにない全く新しい商品を生み出す「環境保全のための金融」でもあります。

生物多様性の目標を達成するには、今後10年間で年間7,000億ドルの資金が必要になります。現在、投じられている資金は世界全体で1,200億〜1,400億ドルです。

中央アジアの乾燥地は、世界でも特に急速に劣化が進む、気候変動に脆弱な地域のひとつです。ウズベキスタンはもともと乾燥地帯でしたが、商業的農業の強化や伐採などの人間活動による圧力で、状況は悪化しています。土地の劣化により、浸食や植生の喪失がさらに悪化し、地域全体の脆弱性が高まっています。

ウズベキスタンは、世界銀行の国際開発協会(IDA)、韓国・世界銀行パートナーシップ・ファシリティ、持続可能で強靭な景観のためのグローバル・パートナーシップからの譲許的融資を組み合わせることで、市場金利よりも低い金利で資本にアクセスし、持続可能な景観管理プログラムを実施・拡大することができました。これは、中低所得国にとってコストが高すぎる従来の融資モデルとは異なります。現在、ウズベキスタンは、さらなる砂漠化、景観の悪化、気候変動に対する強靭性は高まってきています。

包括的で持続可能かつ、より適応力のある経済への移行において、先見性のある金融手段が必要です。 

クロサイは、1970~92年の間に、約96%が密猟で失われました。かつてサブサハラ・アフリカの大部分に生息していたクロサイの98%は、現在ではわずか4カ国にしか生息していません。これは野生動物だけの悲劇ではなく、生態系全体の悲劇です。サイを保護し、生存するために必要な空間を確保することは、その生息地を共有する他の何千もの動植物の生存を保証することになります。

悲劇を食い止め、状況を好転させるために、世界銀行は初の野生生物保護債券(WCB)を立ち上げました。発行総額1億5,000万ドルの同債券は、野生生物保護と地域社会に資金の流れをもたらすもので、自然保護地域での保護活動により、絶滅の危機に瀕しているサイの個体群が保護・育成されます。また、付随する利益として、清潔な水や地元の柑橘類産業に貢献する花粉媒介昆虫の生息地確保など生態系サービスの強化ももたらします。

WCBは成果ベースの投資モデルとして、保護に関連する地域の雇用を創出し、サイの個体数増加の目標が達成されれば投資家にリターンがもたらされます。民間資本と開発のニーズをマッチングさせるこのイニシアティブは、世界中の他の保全、気候変動対策、開発目標により多くの民間資本を誘導するべく再現・拡大することが可能です。

生物多様性危機へのソリューションは、想像力次第で無限に広がります。我々は、同じように想像力豊かな金融商品で、新しい解決策を可能にしていきます。

マルチメディア

 

東カリブ海の島々は、コロナ危機による観光客の減少により大きな財政的打撃を受けています。経済再建に取り組む国々を、世界銀行は密接に支援しています。世界銀行は、グラントと譲許的融資として計6,000万ドルを提供し、「カリブ海の海洋経済躍進」プロジェクトを立ち上げ、東カリブ海諸国が、海洋・沿岸の生物資産の持つ持続可能な経済的潜在性を発揮できるよう支援しています。

グレナダ、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島の各島嶼国は、包括的なマルチセクター・アプローチを用いて、ブルー・ツーリズムへの戦略的転換を図ろうとしています。観光は東カリブ海の経済の中心であり、地域の国内総生産の50%、雇用の40%を占めます。

世界銀行はこの転換を支援するため、3カ国合計で3,800万ドルの融資と、PROBLUEマルチドナー信託基金から各国への100万ドルのグラントで構成される複数のパートナーによる資金パッケージを準備しました。また、カリブ海諸国連合(OECS)には、地域統合のために、世界銀行から800万ドル、PROBLUEから100万ドルの計900万ドルが提供されました。 

資金は、3カ国が、文化的・環境的意識の高い観光客に対応した、より持続可能で価値の高い、強靭な観光モデルへと軸足を移すために活用されます。3カ国は、新たな重点課題として、環境への影響が少なく、天然資源を保護し、地域社会を支援する活動を進めると共に、気候変動への強靱性を強化しながら、経済の見通しの向上を図っていきます。

 世界銀行は、70のマルチドナー包括信託基金を管理しています。PROBLUEプログリーングローバル・サステイナビリティ・プログラムはそれぞれ、海洋、景観、そして環境と持続可能性への配慮を官民の意思決定に組み込むための変革的な活動に資金を提供しています。

地球の生物多様性を守り育むことは、経済開発の礎であり、未来の繁栄への投資です。我々は、自然資本会計によって、その価値を測定し、トレードオフを理解するためのツールを手にしています。また、生物多様性を高めながら、環境保護と気候変動への強靱化を支える地域の雇用育成というトリプルウィンをもたらす、自然ベースのソリューションに資金を提供する金融商品も用意しています。

世界銀行は今年のCOP-15の意欲的な成果を達成するために取り組んでいきます。我々は、自然が貧しい国々にとってかけがえのない財産であることを理解しており、開発と気候変動への取り組みの中核に自然を据えるべきであると考えています。