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特集2024年10月24日

石原陽一郎(いしはら よういちろう)世界銀行 東部・南部アフリカ地域総局 スーダン担当カントリーマネージャー~第64回 世銀スタッフの横顔インタビュー

エコノミストからカントリーマネージャーへと順調にキャリアを進める石原さん。だが、もともとは「海外で都市をデザインしたい」という興味の追求から銀行員としてキャリアをはじめ、勤務先の経営破綻や、世界銀行内でも多くの不採用を乗り越えてきた経験を持つ。荒波を乗り越えつつ、常に自分の好きなことは何かを考え、楽しむ方法を見つけてきた石原さんの仕事に対する考え方に迫る。

The World Bank
Yoichiro Ishihara

2024年7月より現職。前職はレソト担当駐在代表(2020年から24年)、ブータン担当駐在代表(2016年から20年)、上級エコノミストとしてルワンダ(2013年から16年)、アフガニスタン(2007年から10年)、インドネシア(2001年から07年)に駐在。経済・財政政策の策定、マクロ経済分析に従事。2010年から13年までワシントンDC本部の業務政策・国別サービス総局(Operations Policies and Country Services)で援助の効率性などを担当。日本長期信用銀行(現・新生銀行)、在インドネシア日本大使館に勤務。筑波大学社会工学類・都市計画専攻卒業、ロンドン大学アジア・アフリカ学院開発学修士、名古屋大学国際開発研究科博士(開発経済学)。著書に、「アフガニスタンの未来を支える」(共著)(岩波ジュニア新書)。

紛争地・旧紛争地をわたり歩く

世界銀行には2001年に、経済・財政政策を策定のアドバイスやマクロ経済を分析するエコノミストとして入行しました。以来、インドネシア(2001-07年)とアフガニスタン(2007-10年)で勤務し、世界銀行本部の業務政策・国別サービス総局で援助の効率性などを担当(2010-13年)したのちに、上級エコノミストとしてルワンダ(2013-16年)で勤務しました。アフガニスタンもルワンダも近年、戦争・内戦を経験した国です。その後は駐在代表としてブータン(2016-20年)、レソト(2020-24年)に赴任しました。

2024年7月からは、東部・南部アフリカ地域総局スーダン担当カントリーマネージャーになりました。人間開発、インフラ、経済政策やガバナンスなど、多岐にわたる世界銀行のプログラムを策定、実施し、そのインパクトを確実なものにするのが主な業務です。そのために世界銀行グループによる当該国への支援ストラテジーを作ったり、世界銀行の代表として財務大臣と話し合ったり、開発パートナーとの折衝も行います。管理職でもあるので、世界銀行内のマネジメントも担当し、人事やキャリア開発の責任もあります。その前の駐在代表と仕事内容は似ていますが、カントリーマネージャーは、より大きくて複雑な国を担当します。

スーダン現地事務所には元々30人近くのスタッフがいたのですが、2023年春に国内紛争が起きたため、世界銀行職員はアフリカ各国に避難していました。ようやく最近、エチオピアの首都アジスアベバに7~8人の職員のいる事務所を立ち上げたところです。

海外で都市をデザインしたい

海外で働きたいという希望はありましたが、もともとは国際開発ではなく、子供の頃からずっと、シムシティなどのように自分で都市をデザインしたいという夢があり、都市計画に興味を持っていました。日本は狭く規制も多いので、土地の広い海外に目が行くようになり、オーストラリアなど、海外で都市をデザインしたいと思っていました。大学ではこの夢を追求すべく、筑波大学で都市計画を学びました。

就職活動の時期はバブルの絶頂期でもありました。どうしたら海外で都市をデザインできるか考えると、財政や金融に関する知識も重要だと思い、プロジェクトファイナンスに強い銀行で働けば将来的に自分の夢に近づけると考えました。そこで都市銀行よりも、開発金融系の旧・日本長期信用銀行(長銀、現・新生銀行)に就職しました。

でも、大学、銀行員時代は圧倒的に英語ができなかったんです。大学時代には赤点をとったくらいで、長銀の同期の中でも下から3番目の成績でした。これが海外で都市をデザインするためには、絶対越えなくてはいけない壁だと思ったので、英会話教室に通って英語の勉強は続けつつ、留学のチャンスを探していました。当時、長銀ではアジア、特にインドネシアの専門家を必要としていたので、ロンドン大学アジア・太平洋学院に長銀から留学させてもらい、インドネシアの経済危機を題材に開発学の修士号を取りました。ところが、留学中にアジア通貨危機が起こり、10年間勤めた長銀は経営破綻し、国有化されてしまいました。

レソト首相との会議で世銀のレソト支援計画を議論
レソト首相との会議で世銀のレソト支援計画を議論
そのため転職活動していたところ、在インドネシア日本大使館の経済担当専門調査員の仕事を見つけ、インドネシアについて勉強したことも踏まえて応募し、1999年からインドネシア勤務となりました。

大使館では、大きな政府組織で、どうすれば物事を進められるのかを学びました。現地にいる大使館の人たちの仕事や視点を理解することで、どういう情報があれば彼らが動きやすいのかを知ることができたと思います。世界銀行でも意思決定権は理事会にありますが、現地で大使館の人たちと普段から交流し、世界銀行の立場や支援プログラムの内容などについて頻繁に情報を共有しておくことは、最終的にプログラムを進めていく上でも大切だと思います。

大使館から世界銀行へ

エコノミストの道を選んだのは、大学では都市計画とともに経済学を学び、銀行でもエコノミストの業務に携わり、ロンドンの大学院でも開発経済を研究していたため、自然な流れだったと言えます。しかし、エコノミストには「博士号を取得していないと一人前ではない」という風潮があり、学位で判断されるのも悔しいという思いで、インドネシア駐在中に名古屋大学で開発経済学の博士号を取得しました。

その頃には、漠然と世界銀行で働いてみたいという興味を持っていたので、博士号を取得する際には、教授陣に世界銀行出身者がいた名古屋大学国際開発研究科を選びました。担当の大坪教授はインドネシアからの遠隔での受講も受け入れてくれ、さらに途中でサバティカル(大学教授の長期休暇)でインドネシアに来てくれました。教授は世界銀行のインドネシア事務所にも知り合いが多かったため、スタッフを紹介してもらい、世界銀行の仕事内容を理解するいい機会になりました。その過程で世界銀行で短期のコンサルタント(STC)のポジションがあると聞き、2001年にエコノミストとして入行し、3年後にはスタッフになりました。

ルワンダでCNBCによる経済政策のインタビュー
ルワンダでCNBCによる経済政策のインタビュー
仕事もチャレンジも楽しむ

世界銀行の仕事が大好きで、ずっと楽しんでやっています。ワークライフバランスというなら、自分にとってワークはライフの一環で、どうやって仕事を楽しくやるかを考えています。自分では想像力に欠ける人間だと思うので、本部であるワシントンDCから開発支援をやっても、イメージしにくく、現地にいることで楽しさとともにやりがいを感じています。

世界銀行には学ぶ機会がたくさんあるのも嬉しいですね。カントリーマネージャーという立場上、リーダーシップやスマートな決定、つまり完璧な情報がない中でどのように最適な意思決定をするかがとても大事ですが、世界銀行にはそういうテーマでの研修もたくさんありますし、リーダー向けのコーチをつけてもらって話を聞いてもらったりしています。

他方で、世界銀行では数年単位での赴任契約が常なので、仕事への応募と面接を3~4年ごとに繰り返さなければならず、常に次の仕事を探さなければならないプレッシャーはあります。今の仕事では、技能も文化も個人的なバックグラウンドも全て違うスタッフにどう気持ちよく働いて結果を出してもらうかが、チャレンジのひとつですが、これも楽しんでやっています。時々は「今日、(スタッフに)こんなこと言っちゃったな」などと帰宅しても気になるときはありますが、そういう時は自分のリーダーシップコーチに話を聞いてもらったりしています。

レソト首相からいただいた民族衣装を着て
レソト首相からいただいた民族衣装を着て
これまでアフガニスタン、ルワンダ、スーダンなど紛争国、旧紛争国をわたり歩いてきましたが、紛争地という意味での難しい課題は、安全に気をつけるということ以外に、家族が日本にいる点があります。ブータンまでは家族も一緒だったのですが、子供達の教育環境などを考えてそれ以降は連れて行けず、しばらく単身赴任中です。妻には頭が上がりません。日本に帰国する場合、レソトは日本まで36時間でしたが、今いるエチオピアからは14時間になり、だいぶ時間距離が縮まったので、少しほっとしています。

紛争国、旧紛争国も行ってみるとイメージとは違うこともある

これまでの駐在先に紛争国や旧紛争国が多く、世界銀行では「紛争国・旧紛争国のスペシャリスト」と思われたりしますが、そういう国に行ってみると事前に抱いていたイメージがだいぶ違うことはあります。ルワンダは虐殺の歴史もあって怖いイメージがあるかもしれませんが、行ってみると、アメリカの危険な場所よりは治安はかなり良いと感じました。歴史的な経緯があるので今ではむしろパトロールがしっかりしており、深夜まで仕事をしても一人で歩いて帰宅できました。逆にレソトは一見平和そうな国ですが、殺人率は世界で第5位です。南アフリカから銃が持ち込まれ、政府要人が暗殺されたりすることもあります。自分のことは臆病と思っていますが、紛争国では、自分の生活を管理することで、かなりの部分の治安リスクは避けられることが多いです。

ブータン
ブータン
「きちんとやる」のはすごいこと

日本人は「きちんとやる」ことを当たり前だと思っていますが、それができるのは大きな強みですし、そのためには、準備もフォローアップも必要です。でも、それは当たり前という風潮があり、「きちんとできる」ことのすごさを自分たちで認識せずに、その価値を低く見てしまっているのではないでしょうか。欲を言えば、その強みをどうやって周りにも理解してもらえるようにするかも鍵だと思います。

人によって強みの中身はそれぞれ違うと思いますが、日本人としての自分に何ができるかは、常に自問自答しています。世界銀行のマネージャーは年に一度、上司や同僚、部下など様々な角度から評価を受けるのですが、自分では気付いていなかった強みや改善点に関するコメントも多く非常に参考にしています。私の場合は、「きちんと(自分の専門分野以外でも)サブスタンスを理解したうえで、チーム内で合意を得て物事を進めていく」という、リーダーシップのスタイルが評価されています。色々な文化やバックグラウンドを持つ人が集まる世界銀行では、これは大事なことなんです。

自分でハードルを上げていないか?

キャリアセミナーでは「世界銀行にはどうすれば入れますか?入ったら大変ですか?」とよく聞かれます。でも、最初から「世界銀行に入るのは大変だ」とハードルを上げ、「自分には難しい」と自分の相対的な価値を下げ、そこで駄目だったら「ほらやっぱり」と諦めてしまうアプローチは勿体無いと思います。入ろうと思ったら、応募し続けてください。そして、「どう入るか」よりも「なぜこの仕事が楽しいんだろうか」と想像してみてほしいと思います。

確かに厳しい競争はあります。私も入行する際には、ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)を2回も最終面接まで行って落ちたりしていますし、レソトから今のスーダンのカントリーマネージャーに移行する時も、25くらいのポジションに応募しているんですよ。もちろん、不採用通知をもらえば人並みに落ち込みますが、逆にインタビューまで行って落ちたなら、何が駄目だったのか、面接相手に失敗要因を聞くようにしています。これは意外に役に立つんです。数十回駄目でもやり続けてください。フィードバックをもらいながらやってみましょう。

レソトでのハイキング
 レソトでのハイキング
挫けそうな時は他のことをやってみよう

これまで何度も、完全にダメ出しされて、挫けることもありましたし、今でも(現在進行形で)あります。でも全員を満足させることはできないものですし、無理に挫けないようにするのも諦めました。むしろそういう時には、視点や環境を変えてバランスをとることが大事です。例えばレソトにいた時は、一人で山に登ったり、仕事以外で「自分ができなさそうなこと」をやってみることで、仕事のことなど考えられないような状況にしました。実は高所恐怖症なんですが、レソトでは200m以上の世界で一番長いアブセイリング(腰にロープをつけて崖を降りるもの)に挑戦しました。また自宅では完全にオフにして、料理したりしています。大失敗でしたが、一から豆腐や納豆を作ることに挑戦したりしてみました。

これまでの経験やみんなの力を掛け算で

自分の興味は変わっても、その時にベストな選択ができていれば良いと思います。同じところで同じ仕事をするのは楽かもしれませんが、環境を変えることで前よりも仕事が好きになっています。いつも自分の好きなことについて考えるというと、自己中心的に聞こえるかもしれませんが、自己犠牲の上に国際開発の仕事をするというのは違うと思うんです。自分を良い状態において初めて良い国際開発の仕事ができると思っています。

今のカントリーマネージャーの仕事は、学びも刺激も多く、好きなので、今後のキャリアは本部のワシントンDCよりも、どの現場に行きたいかという方向で考えています。紛争国、旧紛争国を含めた各国の現場で働いてきた世界銀行の職員という横軸と、エコノミスト、マネジメントという縦軸を掛け算できれば、もっと自分の仕事を楽しくできると考えています。

ウクライナやガザのようにニュースにならなくても、紛争は今も至る所で起きています。日本のメディアではほとんど取り上げられていませんが、スーダンは国民の半分以上が十分に食料のない危機的な状況に直面しています。そうした紛争国こそ、開発支援を必要としています。だから、スーダンのような国に行きたいと思いましたし、今後も世界銀行のプレゼンスが必要とされる、自分の経験を活かせそうな国に興味があり、そのために何ができるかを常に考えています。

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