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特集2021年12月22日

馬渕樹(まぶち いつき)世界銀行 開発金融総局(DFi)上級業務担当官~第60回 世銀スタッフの横顔インタビュー

監査の可能性を開発の場で追及したい

ゆっくりと落ち着いた雰囲気を漂わせながらも、自身の信念に対する静かな情熱と、何事もまず実行してみるその行動力。監査の専門家という立場を貧困撲滅の分野で生かそうとキャリアチェンジした経緯を聞いてみた。

Itsuki Mabuchi

The World Bank

北海道帯広市出身。西オーストラリア大学ビジネススクール及びメルボルン大学アカウンティングスクール修士課程終了。デロイト・トゥシュ・トーマツ メルボルン事務所において、上場・非上場会社の監査業務及び海外リファーラル業務に従事。2012年監査法人トーマツ東京事務所トータルサービス部門へ出向。国際会計基準にもとづく海外IPO支援業務、会計アドバイザリー業務、内部統制支援業務等に従事。2013年世界銀行入行。地球環境ファシリティにおけるファイナンシャルマネジメント業務を経て、2016年より現職。ワシントン本部において、信託基金のリスクマネジメントチームを統括。オーストラリア勅許会計士。

一番苦手だった会計・監査が人生を切り拓く武器に

日本の大学では、戦略論やマーケティングを中心に、経営学全般を勉強しました。ただ、現在の業務に直接関連する、会計や監査といった科目には当時あまり興味が持てず、一番苦手にしていました。言語学が趣味の父の影響もあり英語は好きでしたが、当時は開発や国際機関を将来のキャリアとして考えたことはありませんでした。

学生の頃から、将来海外で勉強してみたいと考えていたため、25歳の時にオーストラリアのパースにあるビジネススクールに留学しました。パースは当時から、世界で一番美しい街とも呼ばれ、文化の多様性や自然が調和し、生活の質がとても高い街でした。MBAを卒業後、しばらく現地で仕事をしてみたいと考えていた時に、オーストラリアでは会計士がビザの点で優遇されていることを知り、メルボルンのアカウンティングスクールで会計学を追加的に勉強することにしました。ただ当時は、会計や監査が、その先のキャリアや人生を切り拓く武器になってくれることになるとは夢にも思いませんでした。

会計学の修士課程終了後、デロイト・トゥシュ・トーマツのメルボルン事務所に入所し、監査部門で上場会社の監査業務や、日系企業の海外子会社監査に携わりました。日々の業務と、公認会計士の試験勉強との両立はとても大変でしたが、優秀な上司や先輩、同僚と、多様性に富んだ環境で、一緒に仕事ができたことは本当に幸運でした。監査についての考え方を深め、現在のキャリアのベースとなる経験を積ませてもらった、とても大事な期間だったと思います。

その後、約8年ぶりに日本に戻り、東京の監査法人トーマツに出向社員として勤務しました。会計に関するあらゆるサービスを提供する部門で、法定監査に加え、海外株式上場(IPO)支援やM&Aに関連するデューデリジェンスなど、様々な業務を経験させてもらいました。中でも、スタートアップ企業支援業務では、クライアントの希望や目標を一緒に形にしていくという、大変貴重な経験をさせてもらいました。

監査のスキルで貧困撲滅に貢献したい

The World Bank
世界銀行ワシントンDCオフィスにて。入行初日オリエンテーションへ。
東京での出向期間が終わりに近づき、オーストラリアに戻るのか、日本に残るのかを選択しなければなりませんでしたが、ふと「この仕事をずっとやっていくのか」と考えたときに、監査のスキルを持ったプロフェッショナルとして、企業レベルではなく、国レベルでできること、社会貢献できることがあるのではないかと考えました。33歳のことです。そこで、国際機関で働く友人に話を聞いたり、元世界銀行副総裁の西水美恵子さんの著書『国をつくる仕事』を読んだりと、自分なりに模索した結果、開発という世界に初めて興味を持つようになりました。世界の貧困撲滅を目標に掲げる機関があることを知って、そんな場所で仕事をしてみたいと考えたんですね。

そこで早速、たまたま募集が出ていた世界銀行のポジションに願書を出してみることにしました。ちょうど世界銀行のリクルートミッションが東京に来るタイミングだったこともあり、採用部署のマネージャーとの面接を経て、運良く採用が決まり現在に至ります。

信託基金の仕組みと強み

現在は、西尾昭彦副総裁率いる、開発金融総局というコーポレート部門で、信託基金のリスク管理業務に携わっています。開発金融総局の仕事は大きく分けると以下の2つの業務がありますが、私の部署は主に後者の業務を行っています。

  • 最貧国へ出資する国際開発協会(IDA)の融資枠組みの方針・政策の作成、資金管理やドナーとの増資交渉の取りまとめ業務
  • 世界銀行が管理する信託基金の規則策定、ドナー国との関係構築、アドバイザリー業務や資金管理業務

世界銀行における信託基金とは「ドナーからの拠出金で設立された支援枠組み」のことで、国際復興開発銀行(IBRD)、国際開発協会(IDA)、国際金融公社(IFC)、多数国間投資保証機関(MIGA)の活動を補完する役割を持ちます。特に信託基金は、世界銀行が提供する融資以外のサービスである助言サービス・分析(ASA) を支援し、世界銀行の開発への貢献において重要な役割を果たしています。また、通常の貸出業務では対応が難しい途上国に対しての支援も行っており、その点が信託基金の強みと言えると思います。

監査は外交と似ている

The World Bank
ルクセンブルク 欧州監査院にて。ダーク・ライナマン 信託基金パートナーシップ局長(左)及びダリア・ゴールドステインEU担当弁護士(中央)と共に、監査アプローチに関する議論へ向かう。
私が在籍している信託基金リスク管理チームは、主にドナーによる監査やデューデリジェンスへの対応を行っています。ドナーによっては、信託基金に拠出したお金が正しく使われているかチェックしたり、世界銀行の規定や内部統制について、質問及び調査することがありますが、その窓口として対応することがチームの主な業務です。私はここ数年、欧州委員会(EC)からの監査対応業務に専念しており、ブリュッセルにあるEC本部やルクセンブルクの欧州会計監査院などを相手に、彼らの監査アプローチや監査指摘事項についてよく議論しています。

世界銀行もECも大きな国際機関なので、お互いとても複雑な規則の下で運営されていて、そうした巨大組織同士が開発の分野で協力していくというのは、非常に難しくなりがちです。そうした環境において、いかに監査の視点から貢献することができるか、テクニカルと思われがちな監査をいかにドナー関係構築のためのツールとして活用することができるか、という「開発における監査の可能性」について常に考えるようにしています。

無事に監査を終えることは、ドナーからの信頼感につながるだけでなく、ひいては彼らの将来の拠出額にも影響を及ぼします。また、これまでになかった革新的な融資の仕組みを考えなければならないような場合でも、こうした監査の実績を示すことで、ドナーからの同意を得ることができます。そうした観点から考えると、監査も開発の場で重要な役割を担っていると思います。

時に、監査には外交的な側面があると感じることがあります。監査には、監査人に要求された文書を準備し、お金の使い道を説明する段階(下流)と、その前段階の、どのような監査アプローチを適用するかについて、ドナーや監査人と話し合う段階(上流)があります。この上流の段階で、監査人に対して、世界銀行として受け入れることができることと、できないことをしっかり説明することが肝要で、そこにはある種の駆け引きがあります。

難しいドナーに言われるがままに監査を受け入れることは、業務部門の職員やクライアントである途上国にまで大きな負担をかけることにもなりかねないため、いかに効率的かつ効果的に監査を進めるかという点が重要になります。ドナーの立場からみても、世界銀行に資金を拠出するためには、いくつもの関門を越えなければならず、適正な監査もそのひとつです。監査する側もされる側も、スムーズに関門を越えるという共通の目標に向かって協力しながら、適切な監査アプローチを探っていく、その点が難しくも面白いところです。

監査法人での経験が土台に

業務上、会計監査の技術的な面を理解していることが非常に重要で、入行前の監査法人での経験が今でも仕事のベースになっています。立場は監査する側からされる側に変わりましたが、双方の中間地点を探すため、ドナー側が準拠しなくてはならない規則や監査の枠組みについて勉強し、先方が何を求めているかを理解するように努力しています。

技術面とチームワークに優れた日本人

The World Bank
世界銀行内での信託基金アカデミーにて。監査の視点から、ドナー関係構築についての講義を行う。
日本人としての一番の強みは、非常に高い専門知識を持っているところだと思います。私はオーストラリアで会計士となった後に、東京の監査法人で仕事をしましたが、その時も日本の会計士のレベルの高さには圧倒されました。試験が難関であるだけでなく、専門性を誇りに思う職人気質の国民性がその背景にあるのかもしれません。こういった特性は、専門知識が特に重視される世界銀行のような組織では、周囲から認められるための大事な武器となります。

もう1点は、周囲に敬意を払い、気を遣いながら、チームで取り組むことができる点ではないでしょうか。世界銀行では170カ国以上から職員が集まっており、多様性をとても大切な文化として考えていますが、その反面、文化や考え方の違いから、チームマネジメントが複雑になる場合があります。そうした国際的な環境では、チームワークを得意とする日本人の特性が生きてくるように感じます。

また、世界銀行で、人種・国籍・文化を超えて、周囲と信頼関係を築きながら仕事をするためには、それに対応出来るだけのスキルや努力も必要になってきます。私もここ数年、リーダーシップやコミュニケーションスキルに関するトレーニングを受けたり、チームでのハッピーアワーやハイキングを企画したりと、意識的にチーム作りに取り組むようになりました。

世界銀行で働く醍醐味とは

職員の誰もが、自身の技術や経験をもとに、世界の貧困撲滅という目標に貢献できることだと思います。例えば私の場合は、無事に監査を終えることによって、ドナー側に世界銀行に資金を拠出することへの安全性をきちんと伝え、そういった評価を積み重ねていくことで彼らからの信頼を得ること。それが最終的に貧困撲滅という世界銀行のミッションに少しでも貢献できているかなと考えた時に、やはり今の仕事をやっていて良かったなと思いますね。

今後のキャリアビジョンは

引き続き世界銀行における様々な監査関連業務に関与し、この分野での知識や経験をさらに深めていきたいと思っています。例えば、世界銀行には、財務管理、財務諸表監査、信託基金会計監査、内部監査、不正調査など、様々な監査に関係する業務がありますが、それらを業務を通じて学び、自分の専門の軸として、世界銀行での今後のキャリアを考えていきたいですね。

また、これから世界に出ていこうとする若い世代を支援する活動も、出来るだけ広げていきたいと思っています。世界銀行では、会計士の資格を持つ職員はとても多いのですが、残念ながら日本人の会計士はとても少ないです。高い専門知識を有しながらも、英語が苦手な点に原因があるのかもしれませんが、逆に言えば一定の英語さえ身に着けてしまえば、世界銀行も含め、いくらでも海外で活躍できる機会はあると思います。

リスクを取りつつ、信念を持ち続けよう

The World Bank
日本の大学にて、グローバルキャリアについてのセミナーを行う。
まずは自分の専門に対して真摯に向き合ってみてほしいと思います。将来開発の仕事をする上で、どういうスキルが必要になるか、現段階では明確ではないかもしれませんが、自分の専門を狭めたりせず、ひとまず自分のスキルや経験に一定の自信が持てるようになるまで、やり抜いてみてください。

次に、戦略的にリスクを取れるプロフェッショナルになってもらえたらと思います。世界銀行では「リスクを取らずに得られるものはない」という考え方が浸透していますが、これはキャリアについても当てはまると思います。居心地の良い環境から出て、新たな環境で新しい仕事をすることに対して恐れずに、自分が取れるリスクを判断し、まずは最初の一歩を踏み出す勇気を持ってください。

最後に、今持っている理想や信念をずっと持ち続けてほしいと思います。世界中から集まる仲間と切磋琢磨しながら1つの目標に向かって働ける、という恵まれた環境が世界銀行にはあります。自分の理想を体現する場として、世界銀行を1つの選択肢として考えてもらえたら嬉しいですね。

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