2021年3月18日
東京
東日本大震災から10年という節目を迎えた今年、日本政府と世界銀行は3月18日にオンラインで特別セミナーを開催、およそ300人と多くの方々に参加頂きました。これまでの復興の取り組みや、ビルド・バック・ベター(より良い復興)を実現するためにレジリエンスを強化する上で得られた教訓について、さまざまな分野で活躍する専門家がパネルディスカッションを行いました。
初めに、宮原隆 世界銀行 日本代表理事、次にマリ・エルカ・パンゲストゥ 世界銀行 開発政策・パートナーシップ専務理事が開会の挨拶を述べました。
宮原代表理事はまず、東日本大震災後に世界中から寄せられた追悼や温かい激励のメッセージに感謝の意を表しました。そして、宮原代表理事はJICA (日本国際協力機構)が140か国以上で行なっている防災への取り組みについて、日本政府が2015年に開始した仙台防災協力イニシアテブのもとで実施されていると述べました。この取り組みは総額40億ドルに上り、2015年から2018年にかけて4万人以上にトレーニングが実施されました。加えて、宮原代表理事は、日本政府の支援を得て世界銀行が出版した報告書「ライフライン 強靭なインフラ構築がもたらす機会」から、災害に強いインフラに1ドル投資することで4ドル相当の利益を人々やコミュニティにもたらすことができると言及し、災害リスクの認識、削減と備えへの投資はショックに対応する強靭性を構築する上で極めて重要であると述べました。例えば、報告書「揺るぎない社会:自然災害に対する貧困層の強靭性を構築する(仮題)」によると、早期警報システムに誰もがアクセスできるようにすること(ユニバーサルアクセス)によって毎年130億ドルもの資産損失を削減できる可能性があります。こうした観点から、日本は世界銀行防災グローバルファリティ(GFDRR)と共に、他の国々によるハザードマップの作成や早期警報システムの構築を支援しています。終わりに、宮原代表理事は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)からのビルド・バック・ベターについて、災害に対する強靭性を高めるため日本は世界銀行グループとの連携をより一層強化していくと強調しました。
パンゲストゥ専務理事は、震災によってお亡くなりになった方々に哀悼の意を表するとともに被災者の皆さまにお見舞いの言葉を述べた上で、日本の迅速かつ効果的な復興や再建状況は世界の国々にビルド・バック・ベター(より良い復興)は可能であることを示すことができたと強調しました。また現在、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)との闘いにある中、災害やパンデミックに対応できるシステム、またより一層強固かつ包摂的な戦略および組織を築くためには、セクター間で協働し、将来のショックに備えてレジリエンスを強化することが必要と話しました。
次に、郡和子仙台市長はビデオメッセージの中で、災害に強い都市を構築するためには津波防災のインフラ整備だけではなく、地域防災に関わるリーダーの育成、防災教育の促進などコミュニティレベルでの災害対応力の強化が大切であると話しました。そして、多様な主体による防災・減災の知識を仙台市から世界に発信していく決意を述べました。
参加者らはビデオメッセージ後、仙台市が作成した映像から、市民を含むマルチステークホルダーが参加して災害に強い都市へと再建を果たした仙台市の取り組みについて学びました。
岡本全勝元復興庁事務次官の基調講演では、初めに高台移転や内陸部への移転、土地の嵩上げ、集団移転により10年間で大規模な復興工事がほぼ完了したことについて報告がありました。また、岡本元事務次官は農業や水産加工業、観光業もほぼ復旧を遂げ、外国人観光客の数も順調に伸びていると強調しました。当初、復興には住宅やインフラの再建が要と考えられていましたが、日本政府は商店街や雇用機会を提供するなど産業や生計の再生が重要との認識を持つに至ったとしています。個人の事業主に対して無料で施設や補助金を提供し、コミュニティ(町内会)や住民間の人間関係の活性化に取り組むことで、より強く活力のある街が再建されたことが報告されました。
パネルディスカッションの概要
“東日本大震災からの強靭性の教訓 - 過去の教訓を活かして今後に備える”
パネルディスカッションはNHK国際放送局の道傳愛子シニア・ディレクターがモデレーターを務め、パネリストは東日本大震災で得られた重要な教訓についての経験や見解を共有し、またそれらが時間と共にどのように発展しているかについて話し合いました。気候変動や新型コロナウイルス感染症によるパンデミックなど世界がより多様で、強力かつ不確実なハザードやショックに直面する中、いかに強靭性の教訓が、現在そして今後より一層関連あるものになっていくのかについて活発な議論が展開されました。
天野雄介JICA理事は主に2つの重要な教訓について話しました。1つ目は、震災前から私たちが取り組んできた備えは効果があったことが証明されたということです。例えば、緊急停止警報が作動し、すぐに新幹線が停止したことで、死傷者は出ませんでした。こうしたことから、防災への投資は災害によって発生する損傷や損失を減少する上で非常に重要としています。2つ目には、将来起こりうる大規模な災害に対応できる能力を向上し続ける必要性を挙げました。東日本大震災後に主要な交通インフラが速やかに復旧したことに触れ、天野JICA理事はこれまでの災害への備えを超える迅速な行動力(アジリティ)が強靭性の構築には欠かせないと述べました。こうして得られた教訓をもとに、JICAはプロジェクトを実施し、フィリピンでは洪水からの被害を大幅に削減させ、ネパールでは地震後の強靭な復興が可能となりました。
今村文彦 東北大学災害リスク研究部門津波工学研究分野教授は2011年の津波警報システムがどのように作動したのかを説明した上で、地震発生から3分後に発令された津波情報は迅速だったが、データベースをもとに算出し、地震の規模を示すマグニチュードを低く捉えてしまったため、津波の高さを正確に伝えることができなかった点を指摘しました。時間の経過とともに、沖合に設置されている津波観測システムから入ってくるリアルタイム情報をもとに情報は正確になった一方で、タイムリーではなく、津波警報を出すために迅速ではありませんでした。こうした経験から、ファイバーケーブルによって接続された150のセンサーを備えたリアルタイムの観測システムを設置したことで正確な津波情報を提供できるようになったと今村教授は強調しました。さらに、AI(人工知能)を使って、これまで制限されていた観測システムを改良し、またシミュレーションで得られたシナリオを活用することで、データが制限されていても正確な津波の到達時刻を想定することができるようになりました。
石井菜穂子 東京大学理事、東京大学未来ビジョン研究センター教授、グローバル・コモンズ・センター ダイレクター、前地球環境ファシリティ(GEF)最高執行責任者(CEO)は、世界経済フォーラムが発行したグローバルリスク報告書から、世界の指導者らは過去10年以上にわたり、自然災害や極端な気象、気候変動を急増するリスクと広く認識するようになったと報告しました。こうした極端な気象現象が増加している原因は私たちの経済システムにあり、この経済システムが地球システムを限界にまで追い込んでしまったことにあります。根本的な解決策は、経済システムと地球システムがこれ以上の衝突を避けるような経済と社会システムの変革である、と石井教授は説明しました。また、強靭性を高めるために必要な変革として、1)リスクを理解し、より認識できるようにする、2)分析・評価を取り入れることにより政策および投資決断力を向上する、3)民間セクターからの資金提供を得る機会を生み出す、といったグローバルコミッション・アダプテーションレポートの重要なポイントを共有しました。
サメ・ワーバ 世界銀行都市・防災・強靭性・土地グローバル・プラクティス グローバルディレクターは、東日本大震災からの教訓は世界銀行の業務、とりわけセクターを超えて、強靭性を主流化することができるようになったことにおいて多大な影響を与えたと述べました。また、投資の強靭性を向上する上で、日本―世界銀行防災共同プログラム(プログラム)が日本および東日本大震災から得られた貴重な分析や知識、教訓を提供したことにより大きな貢献をもたらしたと強調しました。プログラムでは2014年以降、日本の専門知識や技術を活用し90以上のクライアント国を支援、320億ドルを超える世界銀行の融資計画に貢献し、仙台防災枠組の目標の達成に寄与しました。サメ・グローバルディレクターは例として、プログラムを通し、事業継続計画(business continuity planning)において東日本大震災からの重要な教訓が共有され、トルコやバングラデシュでの産業や経済特区の強靭性の強化に貢献したことを強調しました。
最初の質問に重ねて、パネリストはそれぞれの分野において新たな鍵となるシナジー(相互作用)の醸成があったのかどうかについて問われました。
まず初めに今村教授は、国連機関や世界銀行、NGOs、民間企業、さまざまな大学から寄せられた復旧や復興への連携、助言、支援は防災対策を見直し、新たな対策を立てる上で役立ち、日本だけでなく他の国にも適用できるものとなったと述べました。次に石井教授は、強靭性の構築には、マルチセクターのステークホルダーが参加する包括的で体系的なアプローチが重要とし、防災におけるビルド・バック・ベターでは、体系的なアプローチのほか、市民、民間セクター、政府および自治体などさまざまなステークホルダーの参加、また地元のリーダーシップが鍵となると強調しました。最後に天野JICA理事は防災イニシアテブでは、科学や技術による知識をさらに統合させる必要があるとし、これにより一連の対策がエビデンス(証拠)に基づいたものになるとの考えを述べました。またJICAでは、防災分野において学術研究機関コミュニティとの連携が1つの重点となっていると付け加えました。
2つ目の質問に続いて、パネリストは日本から得られた教訓や実践について、それらを途上国が持続可能な開発目標(SDGs)を達成していくために活かせることは何かについて考えを述べました。
サメ・グローバルディレクターは3つの重要な要素として、1)包括的なアプローチ、2)官民連携、3)ネイチャーベースソリューションといった構造物および非構造物対策の組み合わせを挙げました。官民連携に関しては、イノベーションや機敏性を取り入れるには民間セクターが重要な役割を果たすと強調しました。天野JICA理事は、災害で発生する経済的な損失を防ぐことが途上国の直面するチャレンジとの認識を示しました。従って、JICAや世界銀行といった開発パートナーが協働することで途上国に経済支援を実施できると述べました。これを達成するためにはさまざまなステークホルダーおよびドナー間で防災の投資に関して同じビジョン、戦略、計画を持つことが非常に重要であるとしました。今村教授は2011年の震災前から実施されていた地震に強い建物や防災訓練などの災害への事前準備および取り組みを振り返った上で、東日本大震災がもたらした被害はこれまでの備えや想定を超えるものだったと述べました。災害軽減および防災がより一層重要になる中、不確実性を考慮し、信頼できる想定案を作成することが不可欠と指摘しました。最後に石井教授は、2050年までに温室効果ガス排出ゼロを達成するためには、私たちのシステムをどのように変革させるのかについての包括的なグローバルビジョンおよび戦略が重要と強調しました。これには共通の認識を持ったビジョンや長期的なビションに加えて、包括性そしてマルチステークホルダーが大切としました。また、新型コロナウイルス感染症によりビルド・バック・ベターの重要性が浮き彫りとなり、それには包括的なビジョンが不可欠になると強調しました。
パネルディスカッションの締めくくりに、道傳モデレーターは、復興とは必要なインフラの再建だけでなく、災害に強いコミュニティの再建こそが重要であり、それには全体的なアプローチが求められるとの被災地・東北の方々の話を紹介しました。ビルド・バック・ベターとは、防災から持続可能で公正かつ強靭性のある開発への途切れのないプロセスであり、このためには、国際機関をはじめ、各国政府、民間セクター、市民社会、そしてメディアも含めたすべてのステークホルダーが一丸となって取り組む必要があり、また取り組み続けていく必要があるのです、と強調しました。
セミナーの終わりに際し、マイトレイ・ダス 世界銀行都市・防災・強靭性・土地グローバル・プラクティス プラクティス・マネージャーは「再建およびビルド・バック・ベターの本当のヒーローは東北地方のコミュニティであり、引き続き彼らから学んでいく必要があります」と述べました。
世界銀行グループはリスク分析、リスク軽減、事前準備、財政保護、強靭な復旧・復興への技術的かつ経済的な支援を提供しています。アドボカシーや知識共有、投資を通じて途上国が災害への強靭性を高めることができるよう、世界銀行は10年以上にわたって、防災分野において世界のリーダーである日本と強固なパートナーシップを築いてきました。こうした取り組みの大部分は日本―世界銀行防災共同プログラムを通じて資金提供を受けており、このプログラムは財務省による寛大なご支援により設立されました。
東日本大震災から得られた教訓、また本セミナーでパネリストの方々から共有いただいた重要な教訓や見解は、頻発化し、私たちの生活を脅かす自然災害に対応していく上で、より一層日本の防災に関する知識や幅広い日常的活動に対する理解を深めることにつながるものと期待されます。