世界銀行の各地域担当チーフエコノミスト室では、毎年春と秋の2回、各地域の経済概況と展望をまとめた地域経済報告書を発表しています。このうち、中東・北アフリカ地域総局については2024年10月16日、「中東・北アフリカ地域半期経済報告2024年10月版:中東・北アフリカ地域の成長」(Middle East and North Africa Economic Update, October 2024: Growth in the Middle East and North Africa)を発表しました。
中東・北アフリカ地域(MENA)では、域内の紛争による不確実性の高まりを受け、成長率は依然として低い水準にとどまる、と同報告書は指摘しています。同報告書は、地域全体の国内総生産(GDP)成長率が、2023年の1.8%から2024年には実質ベースで2.2%へと緩やかに上昇すると予測しています。背景には、湾岸協力会議(GCC)加盟国の成長率が2023年の0.5%から2024年には1.9%に上昇するとみられることがあります。その他のMENA諸国の成長は減速が予想されます。2023年から2024年にかけ、石油輸入国の成長率は3.2%から2.1%に、GCCに加盟していない石油輸出国の成長率は3.2%から2.7%に、それぞれ減速する見通しです。
同報告書は、民間セクターの予測における見解のばらつきを用いるという革新的な手法により、不確実性のレベルを測定しています。この手法によると、域内の経済の不確実性は現在、世界の他の新興国・途上国の平均値の2倍に上ります。
中東で続く紛争は、すでに甚大な人的被害と経済的損害をもたらしています。パレスチナ自治区は経済が崩壊の瀬戸際にあり、過去最大幅で経済が縮小しています。ガザの経済は2024年上期に86パーセント縮小し、ヨルダン川西岸地区では財政と民間部門が前例のない危機に陥っています。レバノンは紛争の影響を受けているため、今後の見通しは極めて不透明で紛争の展開次第となるとみられます。他方、ヨルダンやエジプトといった他の近隣諸国は、観光収入と歳入の減少のあおりを受けています。紛争は、各国の開発の行方に大きな影響を及ぼしています。報告書は、域内で紛争の影響を受けている国々の国民一人あたりGDPは、紛争勃発から7年後において、紛争がなければ平均で45%高かった可能性があると試算しています。この損失は、過去35年間に同地域が達成した平均的な進歩に匹敵します。
今回のモーニングセミナー(第203回)では、同報告書をとりまめたチームのジェシカ・トレス世界銀行中東・北アフリカ地域担当チーフエコノミスト室上級エコノミストとジアンルカ・メレ同中東・北アフリカ地域総局リードエコノミストが、同報告書の主なポイントを日本の皆様に向けてオンラインでご紹介しました。
スピーカー
ジェシカ・トレス
世界銀行 中東・北アフリカ地域担当チーフエコノミスト室 上級エコノミスト
規模に応じた規制、簡素化された税制、優遇労働規制などの特別規定が起業家の選択と企業の行動にもたらす影響、それらが経済における資源配分にもたらす影響に関する分析業務に従事。近年では、高成長企業の参入の決定要因に関する研究に従事。新型コロナウィルス感染症ビジネスパルス調査を通じ、パンデミックが民間企業にもたらした影響に関する報告書を多く共同執筆している。2019年、世界銀行入行。それ以前は、米州開発銀行客員研究員、メキシコ連邦政府経済アドバイザー、メキシコのテクノロジコ・デ・モンテレー客員教授。シカゴ大学で経済学博士号を取得。
ジアンルカ・メレ
世界銀行 中東・北アフリカ地域総局 リードエコノミスト
現職以前は、公平成長・金融・制度(EFI)総局リードエコノミスト兼西岸・ガザ地区プログラムリーダー。それ以前は、最高執行責任者兼業務担当専務理事室経済アドバイザー。中東・北アフリカ地域総局、ラテンアメリカ・カリブ海地域総局、アフリカ地域総局で上級エコノミストとして、成長・競争力分析、租税支出と歳出に関する財政改革、債務持続性、資本会計に関する実証研究などに従事。2011年、世界銀行入行。それ以前は、国連欧州本部に勤務(2007~2010年)。イタリアのサレルノ大学で経済学・統計学博士号、ローマのルイス大学で国際関係学修士号を取得。