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生物多様性の保護が重要なのは、生物多様性自体に価値があるからだけではなく、人の幸福を下支えし、様々なセクターで経済活動を支える生態系サービスは、生物多様性を基盤としているからである。突き詰めれば、陸や海の自然景観を損なわないようにしない限り、我々が生き延びることは不可能だ。陸や海の生態系は食料、酸素、水、気候変動に対する強靭性をもたらし、二酸化炭素排出を抑制し、感染症の流行を和らげる機能も担っている。また、経済活動も促進する。例えば、その一つである観光業は、年間80億人もの観光客を保護区に惹きつける。こうした自然豊かな地域を保護する必要性は、これまでになく大きくなっている。
同時に、新型コロナウイルス感染症危機は、深刻な世界的景気の後退を招き、保護区にとって市場ベースで最大の資金源である観光業の成長を妨げ、世界中で自然保護の取組みを危うくしている。このように、生物多様性が失われつつある時代における感染症流行という2つの災厄を前に、生物多様性保護を通じ、経済的損失に対処すると同時に回復を促進するという対応が求められている。生物多様性の損失抑制に向けたいかなる世界的取組みにおいても保護区が鍵を握っているため、保護区に着目することが極めて重要となる。そうした中、感染症対策と並行して生物多様性保護を図ることにより、保護区への注目が大いに高まる。その際、保護区がどういった役割を担うかについては、今年の生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)にて話し合われる予定だ。同会議ではまた、生物多様性への脅威と開発に与える影響が強調され、より多くの土地や海を保護対象とすることが各国に奨励される予定である。
今回発表された「保護区を活用する:現地コミュニティの成長につながる持続可能な観光業促進」は、新型コロナウイルス感染症危機による経済的低迷から回復し、長期的な開発課題に取り組み、生物多様性を保護するために、保護区における持続可能な観光業の促進を呼びかけている。
各国政府は生物多様性の損失を抑えるために保護区が鍵を握ると考えている一方で、経済開発計画や回復戦略においては保護区が見過ごされることが多い。理由の一つは、特に途上国でデータが不足しているために、保護区における観光業が国や地域の経済を大きく刺激する事実を示すことが困難だからである。そこで同報告書は、保護区が自然保護と開発を促進することを裏付けるために、保護区の観光業が現地の経済に与える影響を数値化して示している。
同報告書は、現地コミュニティにもたらされる経済的インパクトについて検証している。現地経済の発展はそれ自体が目標であるが、長期的な一体性確保のために必要なコミュニティの支援を得られるか否かが保護区にとって重大な懸念だからだ。そこで同報告書は、保護区の観光業が現地コミュニティにもたらす経済的な費用便益を推定し、いかにして便益を増やし費用を削減するかを検証している。さらに同報告書は、保護区の効果的管理のための資金の不足が大きな課題であるため、保護区への公的投資による利益率増加の可能性を示している。
陸上保護区を擁するザンビア、ネパールと、海洋保護区を擁するフィジーとブラジルの4カ国においてケース・スタディが実施された。対象国の数は少ないが、ラテンアメリカ、アフリカ、小規模島嶼国、アジアというそれぞれに異なる経済、環境、文化が網羅されている。
保護区における観光業は経済活動のきっかけとなり、そうした活動が拡大すると、所得と支出が増え、財やサービスへの需要が高まる。公園入場料、ホテル、移動、レジャー、レクリエーションに観光客が対価を支払い、現地での雇用を生むことが、経済への直接的な貢献となる。さらに、観光業とそこで働く従業員がほかの現地企業のサービスを利用することで経済活動がさらに刺激されるという間接的な効果もある。こうした直接・間接のインパクトは、所得乗数、つまり観光支出を通じて現地経済にもたらされる通貨単位ごとの現地世帯収入における変化として集約される。これらのインパクトを見積もるためには一般均衡モデルが必要であり、同報告書は「現地経済全体へのインパクト評価(LEWIE)」モデルを用いて以下の作業を進めている。同モデルでは、シミュレーションされた様々な直接的効果と波及効果の価値についてこれらの乗数によるとしている。
(1)観光業がいかにして現地経済に活性化要因をもたらすかを説明
(2)保護区への政府や公的投資のリターンを明確化
(3)矛盾やショックの影響を理解
(4)政府による政策の影響を予測