課題
2015年4月25日、ネパールでマグニチュード7.8の地震が発生し、続いて460回の余震が起こりました。地震による死者数は約9,000人に上りました。ネパール政府が主導した災害後ニーズ評価 (PDNA)と震災後復興枠組み(PDRF)を通じて、全壊・半壊した約71万5,000戸を地震に強い家屋に建て直すための主要なニーズと関連する課題が特定されました。再建費用の総額は35億ドルを超える見込みです。国際開発協会(IDA)はネパール政府を支援するため、地震住宅再建プロジェクト(EHRP)を通じて、マルチハザード対応の住宅再建を支援する住宅グラントを提供することに同意しました。被災した家屋の所有者には技術協力が提供されたほか、再建された住宅の安全性を確認するため、施工品質の検査制度が構築されました。プロジェクトの受益者100万人の内、約4分の3(ほとんどは農村部の住民)に住宅グラントが支給される予定だったため、効率を維持しつつ、透明性と説明責任を確保することが急務でした。また、脆弱な最貧困層(特に女性)が住宅グラントにアクセスできるようにするためには、何らかの革新的な措置が必要でした。現金で支給されるグラントには、透明性と説明責任に関する課題だけでなく、安全面のリスクもありました。
アプローチ
被害調査では、タブレットのアプリを使ってデータが収集されました。収集された地理情報システム(GIS)参照データは、ウェブ上の管理情報システム(MIS)に保存されています。このMISは受益者の本人確認や苦情の解決にも活用されています。受益者はネパール政府と参加合意書(PA)を結び、合意内容はデジタル化されました。地震に強い住宅の建設を支援するための段階的な検査制度が導入され、タブレットやウェブベースのアプリを使ってアクセスできるようにデジタル化されました。また、検査フォームには必ず2人の技術専門官が署名します。本プロジェクトは、国家復興支援機構 (NRA)がソーシャルメディアを利用して受益者や一般市民、現場の技術者とつながり、災害に強い建築に関する情報を周知できるよう支援しています。適切な文書化、透明性、説明責任を確保するため、住宅グラントは商業銀行経由で支給され、受益者の銀行口座開設を促進しました。
成果
これまでの成果は以下の通りです。
- プロジェクトの最初の2年間(2016~17年)に約67万人の受益者が銀行口座を開設(内、30%は女性)。
- 住宅グラントの支払のため、銀行間取引や文書のデジタル化が推進され、プロジェクトの透明性、説明責任、効率が向上。
- プロジェクト参加者の99%が住宅グラントの第1トランシェを受領、85%が建設に着手、81%が第2トランシェを受領、67%が第3トランシェを受領、58%が災害に強い住宅の建設を完了。
- 約7,000人の石工が災害に強い建築技法に関する研修に参加。
- 最も被害が大きかった14の地区の全てに、地区、郡、中央レベルで堅固な苦情解決メカニズムを整備し、運用。登録された20万6,707件の苦情の内、87.97%が解決。
世界銀行グループの貢献
IDAは危機対応融資制度(CRW)を通じて、本プロジェクト(2億米ドル)に融資を行いました。本プロジェクトは、ネパール政府の住宅再建プログラムの下でマルチハザード対応防災住宅の建設を支援し、5万5,000人が恩恵を享受しました。2018年度に承認された3億米ドルのIDA追加融資を通じて、さらに9万6,000人が恩恵を享受する予定です。ネパール政府の住宅再建プログラムには、カナダ、スイス、英国、米国が3,450万米ドルを提供し、世界銀行が管理するEHRPマルチドナー信託基金(MDTF)を通じて、技術協力・財政支援が提供されました。本信託基金からは、住宅再建の資金として、受益国実施型グラントの形で1,000万米ドルが配分され、約3,400人が恩恵を享受しました。
パートナー
本プロジェクトはネパール政府が国家復興支援機構(NRA)を通じて管理しています。住宅再建費用の融資をドナー間で調整できるように、マルチドナー信託基金も設置されました。本信託基金は地震住宅再建プロジェクト(EHRP)と連動しており、カナダ、スイス、英国、米国政府が資金を拠出しています。日本の国際協力機構(JICA)はEHRPの手続に従う一方、1億ドルのパラレル融資を実行しました。インド政府もEHRPの手続を進めつつ、1億5,000万ドルのパラレル融資を実施しています。
今後の展望
本プロジェクトの目的は、全国規模の社会インフラ構造脆弱性評価(学校と地域保健施設)を実施し、政府の長期的な防災能力を強化することです。この評価を通じて収集された、脆弱性に関する地理参照データをもとに、中央政府から地方政府まで、あらゆるレベルの政策立案者や関係者がリスクを理解した上で、社会インフラに対する支援を決定するための総合的なポータルが構築される予定です。さらに、地震の影響が最も大きかった14の地区では、地方政府の災害リスク管理能力の強化や文書・データの移転も計画されています。
受益者
「30万ルピーの住宅グラントを数回にわたって受け取った経験は、私の人生を大きく変えました。政府の職員やプロジェクトのスタッフとのやり取りを続ける内に、行動範囲が広がり、自信がつき、意識が高まったのです。会議や研修に参加しているので、前よりも多くの情報を得ていると感じます。地域の女性グループにも積極的に参加しています。」3人の子供を持つビマラ・タマン(40)にとって、家事は生活の全てでした。しかし地震後は夫と家を再建し、現在は家の共同所有者になっています。ビマラを始め、多くの女性たちにとって、住宅再建は社会的制約から脱する機会となりました。