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スピーチ&筆記録 2022年4月12日

「成長、安全保障、安定性の課題に取り組む」マルパス総裁によるスピーチ

録画はこちらからご覧ください。

皆様、温かい歓迎をありがとうございます。手厚くおもてなしいただき、またワルシャワ市内をご案内いただき、感謝しております。本日このスピーチの場をご提供くださったワルシャワ経済大学にも御礼を申し上げます。そして、戦火のウクライナから逃れてきた人々を受け入れているポーランドとヨーロッパ各国の皆様を称える機会を得たことを光栄に思います。私は皆様と強い連帯感の下でつながっており、隣国から来た多くの人々を寛大な心で各ご家庭に迎え入れていらっしゃることに敬服しております。Dziękuję.

私がワルシャワを初めて訪問したのは1975年のことです。プラハ、ブラチスラバ、クラクフを通り列車で到着しました。皆様よくご存じの通り、当時は、社会主義政権下での困難、ソビエトの重圧、そして1968年のソビエトによるチェコスロバキア侵攻など、大変厳しい状況でした。ポーランドの抗議活動と生活必需品不足から生まれた「連帯」運動は、最終的に東ヨーロッパ歴史を変え、その影響は広範囲に及びました。

ウクライナでの戦争

現在我々は、再び危機と紛争が重なる危険な時代にありますが、その中心近くに位置するのがポーランドです。ロシアによるウクライナへの侵攻と民間人に対する残虐行為、そして数百万人のウクライナ人の生命と暮らしが失われていることに私は深い衝撃と恐怖を覚えています。民間人とインフラへの攻撃は筆舌に尽くし難い困難を引き起こし、世界の平和と安全を脅かし、世界中の人々の社会・経済面の基本的ニーズを危険にさらしています。

ゼレンスキー大統領には2月19日にミュンヘンでお会いした、侵攻後にもウクライナの人々への世界銀行の支援について議論する機会がありました。侵攻が始まって以降、世界銀行グループがウクライナに提供した緊急財政支援は、医療従事者の賃金、高齢者の年金、脆弱層のための社会プログラムなど、政府による国民への基礎的サービスの原資として役立てられています。また、グループ機関の国際金融公社(IFC)を通じて、ウクライナに支援を提供する企業に緊急運転資本を提供しています。

本日は、戦争中も政府が不可欠なサービスの提供を継続できるよう支援するため世界銀行が15億ドルのプロジェクトを準備中であることをお伝えします。昨日、IDA第19次増資(IDA19)の資金のうちウクライナ向けに10億ドルとモルドバ向けに1億ドルが、IDAドナー国と借入国によって承認されたことにより実現しました。

世界銀行は、第二次世界大戦後のヨーロッパの復興を支援するため1944年に設立されました。我々は、当時と同じく、時機を見てウクライナの復興を支援する用意があります。それまでの間、我々は、帰国を模索するウクライナ難民、受入コミュニティ、そしてウクライナ国内で住居や生活を手放し避難を余儀なくされた人々の支援を継続します。我々は、食料・燃料価格の高騰など、ウクライナでの戦争が世界に与える影響を分析すると共に、途上国支援に特化した、急拡大する危機への対応を準備中です。

重なる世界規模の危機

残念なことに武力紛争はウクライナにとどまりません。我々は昨年だけでも、アフガニスタン陥落やレバノン危機に加え、サヘル地域、エチオピア、ソマリア、イエメンでのクーデターや武力紛争などにより、開発と安全保障の深刻な後退を目の当たりにしてきました。ヨルダン、レバノン、トルコの難民キャンプに暮らすシリア人は数百万人となり、ミャンマーなどアジアの一部の国では異なる民族や宗教間対立が続いています。ラテンアメリカ・カリブ海地域では、犯罪や暴力の頻発が憂慮すべき水準となり、都市だけでなく農村部でも一部の地域が犯罪組織や麻薬密売組織の支配下にあります。

不安定性が高まる傾向は大きな懸念です。今年、世界銀行グループの加盟189カ国のうち39カ国が決定的な対立を抱えている、または非常に脆弱な状況にあります。紛争地域に暮らす人の数は2007年から2020年の間に2倍近くに増えました。現在、中東・北アフリカ地域では5人に1人が紛争の影響下にある地域に暮らしています。このように安全保障が脅かされる状況は多くの難民を生み、その数は過去10年間に2倍以上に増えて2020年には3,000万人を超えました。これに加え、ウクライナでの戦争により既に1,000万人が住まいを追われ、女性と子供を中心に400万人以上が主にポーランドやルーマニアなどの隣国に避難を余儀なくされています。

こうした進行中の危機はいずれも、女性や女子を中心とした脆弱層に最も大きな打撃をもたらすと認識されています。またその間にも、コロナの世界的流行と経済活動の停止による保健、経済、社会の各分野の後退が我々を苦しめ続けています。数百万人が命を落とし、さらに数百万人が開発の大幅な後退の影響を受けていますが、特に深刻な被害を受けているのが貧困層です。

コロナ危機が始まって以降、女性や女子に対する暴力が悪化しており、食料、栄養、保健に関する世界指標はいずれも悪化しています。さらに、学校閉鎖で子供たちは1年以上にわたって教育機会を失いました。都市封鎖のピーク時には世界全体で16億人もの子どもたちが学校に行けず、人的資本の成果が10年分以上失われました。

これほど多くの国が同時に景気後退を経験し、資本、雇用、生計が失われることは前代未聞の事態です。同時に、インフレ率は継続して上昇し、世界各国で、貧困層を中心に実質世帯収入を引き下げています。需要拡大のために先進国が実施している異例の財政・金融政策に、供給面の制約と混乱が重なったことにより、世界中で物価が上昇し格差が拡大しています。インフレ上昇と格差拡大の懸念のひとつの指標になるのが、世界の大半での実質平均収入の低迷です。ほかにも、インフレ、通貨下落、食料価格高騰が世帯を直撃する中、2022年も貧困率が引き続き上昇する可能性も懸念される動向です。

ウクライナでの戦争とその影響により、エネルギー、肥料、食料の急激な不足が生じ、人々の間での奪い合いや政府への抗議につながっています。ウクライナから物理的な距離がある人々でさえ、影響を感じるようになっているのです。

食料価格高騰は全ての人にとって打撃となりますが、最貧困層・最脆弱層には壊滅的事態をもたらします。食料価格が1%ポイント上昇すると、1,000万人が極度の貧困に陥るとみられます。主食が急に値上がりした場合、富裕層なら何とかやり過ごすことが可能ですが、貧困層にはそれができません。栄養不良も深刻化するとみられ、最も悪影響は被るのは子供たちです。

貿易の混乱の結果、穀物と一次産品の価格が既に暴騰を始めています。黒海地域からの小麦の輸出量が大きく減少したばかりか、南米の深刻な干ばつにより世界全体の食料生産量が落ち込んでいます。世界の食料品市場は大規模でかつ確立されているため、時間差はありますが、食料生産の混乱にも自動調整が進む傾向にあります。ところが今回は、食料供給をめぐる問題を深刻化させる別の要因として、肥料の供給、エネルギー価格、自らに課した食糧輸出制限が存在します。

肥料価格は、天然ガスの価格と連動していますが、その天然ガス価格が上昇しています。液化天然ガスがヨーロッパに輸出されることで、他の地域での不足が生じ、肥料の生産が滞り、播種季に十分な量が確保できないために穀物生産性への悪影響が懸念されます。ロシアとベラルーシが共に肥料の代表的な生産国であることも、この問題を著しく深刻にしています。

エネルギー・ショックが財政に与える影響は、国際社会による気候変動対策と関連しています。ロシアは、石油、石炭、ガスなど世界にとってエネルギーの重要な供給源であり、ガスはパイプライン網を通じてヨーロッパに供給されています。ヨーロッパ各国がロシアに依存せずエネルギー源の多様化に踏み出し、ベースロード電源に液化天然ガスの輸入や原子力を検討していることは喜ばしいことですが、移行には時間がかかります。ヨーロッパや他地域で大規模なエネルギー生産を迅速に開始することが、世界的な回復とヨーロッパのエネルギー安全保障にとって必要な要素となるでしょう。

世界銀行グループは、気候変動対策と開発の目標融合を強力に支援しています。なぜなら、貧困削減と繁栄の共有促進という我々の使命の中核において成長と開発が急務であり、人間の活動に起因する温室効果ガス排出を減速することを国際社会が誓約しているからです。地球公共財を守るための誓約を果たすには、排出削減に向けて国際社会が資金を出し合う無数の複雑かつ数十年単位のプロジェクトが必要になります。我々は、「国別気候・開発報告書(CCDR)」や「インフラ・セクター評価プログラム」などの分析作業を通じてこうした課題に取り組んでいます。ポーランドがエネルギー効率化を進め、石炭からの移行を続けることができるよう支援していく所存です。

経済見通しの悪化

経済面の動向は明るくありません。ウクライナで戦争が始まる前、インフレ率上昇と長引く供給上の制約のため、2022年の回復には既に陰りが出始めていました。先進国は2023年にはコロナ以前の成長率近くまで回復すると見込まれていましたが、途上国は大きく後れを取っていました。

ウクライナでの戦争とコロナによる中国の都市封鎖が回復への歩みを一層困難にしています。なかでも、戦争による一次産品市場と金融市場、貿易、人の移動の阻害、投資家や消費者の信認低下といった悪影響が格差を助長しています。先進国では、整備された社会保護システムが一部の国民をインフレや貿易圏域形成によるダメージから保護していますが、貧困国では財源が乏しく制度が脆弱なため困窮する国民への支援が困難です。通貨下落とインフレは貧困層にとって大きな打撃となっており、2022年の貧困率を大きく上昇させています。さらなる負担が途上国の抱える債務で、その規模は50年来の最高レベルである歳入の約250%に達しています。債務脆弱性は低所得国において特に深刻であり、その60%が既に債務返済に支障を来たしている、またはその可能性が高い状況にあります。

新興国・途上国の大半は、膨らむ債務ストックに対応できる態勢になく、金融セクターのリスク・エクスポージャは現時点では不透明ですが、一つの指標として、新興国の債務不履行に備える手段のコストが、コロナ禍が始まって以降の最高レベルに達しています。

行動が必要な分野

我々は、こうした重なり合う危機を評価し、来週開催される世界銀行グループと国際通貨基金(IMF)の春季会合の準備を進めていますが、この場で行動が必要ないくつかの分野を取り上げたいと思います。

第一に、資本の効果的な配分です。格差と、世界人口のごく一部への富の極端な集中が一段と進んでいます。数兆ドルもの債務と資本が、先進国の政府により既に資本過剰なセクターへと導かれ、成長、サプライチェーン、雇用、平均収入に悪影響を及ぼしています。その結果、世界全体で莫大な資本が小規模事業や運転資本、開発に配分されず、格差を助長しています。先進国の政府と中央銀行に対し、富と所得を集中させ、資本の配分を誤り、インフレをあおるような財政・通貨・金融規制政策を改めるよう求めます。

第二に、成長と生産の促進です。世界規模の回復への重要な道筋は、投資の流入を促し、投資基盤の拡大を可能にし、生産量増加を奨励するような政策、融資、イノベーションを生み出すことです。これにより、品薄と価格高騰への効果的な対応が可能になります。資本配分の分散化に加え、通貨の安定性を強化する政策がその重要な要素です。昨今の通貨下落と複数為替レートへの移行には、健全な財政・金融政策が極めて重要であることを改めて強く再認識させられます。重要なことは、清潔な水、安定した電力、持続可能な農業、質の高い教育、公衆衛生上の緊急事態への備え、デジタル・アクセスを確保するための官民両セクターによるソリューション強化に一層注力する必要があるという点です。 

第三に、市場開放を継続することです。各国は、多様化されたエネルギー生産を大きく増やすだけでなく、輸出入に対する最大の制約を解除する必要があります。これは、危機を短期間で終わらせ力強い回復を進めるための重要なステップです。貿易障壁の大半は、特権階級を守るもので、その他の人々を犠牲にすることで格差を助長しています。具体的には、割当て、高い関税率、高い輸出税、貿易にひずみを生じさせる補助金などです。コメ、ピーナッツ、砂糖の輸入割当てから、綿やエタノールの巨額の生産補助金、生産性を損なう国産品の購入・使用の義務付けに至るまで、いずれもが貧困層に過度な打撃をもたらしています。

最後に重要な点として、安全保障と安定性への断固たるコミットメントがあります。恒久的な平和には、組織・制度の強化、格差の解消、生活水準の向上、防衛の準備への絶え間ない努力が必要です。これを怠ると、安全保障の危機が貧困急増のきっかけとなり中間層の数を大幅に減らすことになります。

得られた教訓

ウクライナの再建は誰もが望むところですが、最後にポーランドの経験を振り返ってみたいと思います。ポーランドは、中央指令型経済という共産主義体制の崩壊に直面する中で、市場メカニズムの導入に着手し、厳しい検閲を受けながらも「連帯」という活気ある社会・市民運動を起こすことができました。ポーランドの人々の熱意は、1975年にこの国を訪れた際、目の当たりにすることができました。

ポーランドの人々による固い決意と懸命な取組みは功を奏しました。何十年もかけて準備をしてきたことで、自由への道が開けるとすぐに前進する態勢が整っていたのです。質の高い教育を提供し、経済を自由化し、国営企業を民営化し、通貨の安定に全力を傾け、投資を惹きつけた結果、ポーランドは国際的な競争力を身に付けました。計画経済から市場経済への移行により、インフレ率は1990年の500%以上から1999年には10%未満に下がり、その後も低く抑えられています。

このように驚くほど短期間での進歩が可能だったのは、ポーラインドが共通の目標と強い願望を見失わず、平和、自由、経済の自由化を重視したからです。こうした価値観は、ポーランドが現在、地域的・世界的に重なり合う多くの危機を乗り切るために極めて重要になるでしょう。経済改革が重要なのは、社会への影響が大きいからでもあります。ポーランドが、国や自治体レベルで、強制されなくともウクライナ難民に寛大さを示していることは感動的な光景です。

ポーランドは経済改革にあたり、国際社会から強力な支援を受けましたが、ウクライナについてもそうした支援の手が差し伸べられるものと確信しています。紛争と暴力に対する国際社会の協調した行動のためには、国際機関がそれぞれに比較優位を有する役割に集中することが必要です。例えば、国境を超えた資金の流れのモニタリング、人道支援の提供、平和維持活動の戦略的な資源配分と管理のための現地でのキャパシティ・ビルディングなどです。

その大半は、必然的に国レベルでの活動となるでしょう。世界銀行グループが持つ比較優位は、現地で成果を上げることと優れたプラクティスの共有、政府や市民社会、民間セクターとの緊密な連携にあります。この分野に関してはどうぞ我々にお任せいただきたいと思います。我々も、開発の最前線への革新的アプローチへのご支援を皆様に期待しています。そうしてこそ、我々が現在直面する複合的な危機との戦いに打ち勝つことが可能になります。改めて全ての皆様に感謝申し上げます。ご清聴ありがとうございました。

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