結果を出す開発
フォルティエ学長、ご紹介をいただき、誠にありがとうございます。ここモントリオールのマギル大学でお話をする機会を賜り、大変光栄に思っております。アントニア・マイオニ教養学部長にも御礼申し上げます。本日はマギル大学で大変意義深い時間を過ごすことができました。経営学部長のイサベル・バジュー=ベスネンウー教授との質疑応答も楽しみにしております。
マギル大学は200年近くにわたり、イノベーションの精神を体現されております。本学が輩出した先駆者のリストは、核物理学の父、アーネスト・ラザフォード、20世紀最大の神経科学者の1人、ブレンダ・ミルナー、そして世界人権宣言の草稿を作成したジョン・ハンフリーなど、そうそうたるものです。著名な卒業生が多すぎて、お名前を挙げきれないほどです。世界を変えるアイディアが生まれた場所としても、すばらしい実績をお持ちです。
本日はこの場をお借りして、途上国の成長が急務であること、そして欧州経済の停滞と途上国投資の低迷という二重の課題が、一部の途上国で進んでいる人口爆発の先行きに暗雲を投げかけている問題についてお話しするとともに、解決の糸口となり得る世界銀行グループの活動の例をご紹介したいと思います。これらの活動は、来週ワシントンで開催される世界銀行と国際通貨基金(IMF)の年次総会でも詳しく取り上げられます。
まず初めに、貧しい人々を開放し、より良い生活を実現する開発イノベーションについてお話したいと思います。途上国では規制緩和がまだまだ不十分ですが、規制の自由化がもたらす力は、何億人もの生活を改善します。結末からお話することにしたいと思います。舞台はケニアのナイロビです。携帯電話を通じた資金の流れをモニターしていた中央銀行の担当者は、毎日午前3時頃に取引件数が急増することに気づきました。最初に疑われたのは、マネーロンダリングなどの不正行為の可能性です。誰かが真夜中に、人目を盗んで不正な取引をしているのではないか――。
ところが事実は、うれしい驚きをもたらすものでした。早朝の不審な資金の動きは、ケニアの人々が少額融資を利用して資金を引き出していたことが規制当局の調査によって判明したのです。その多くは地方の市場で農産物を売る女性たちでした。女性たちは毎朝、野菜やその他の必需品を買うために少額の融資を引き出していました。彼女たちは何時間も必死に働き、市場で野菜を売ります。そして夜になってから、融資を返済するのです。
デジタル送金
ケニアでは、モバイルマネーが普及しています。Mペサ(M-Pesa)は、携帯電話でテキストを送信するだけで送金ができるサービスです。最低限の機能しか持たない携帯電話にも対応しており、現在ではナイロビ市外の家庭の96%がMペサを利用しています。Mペサは取引の機会を人々に提供しただけでなく、現金取引や銀行の設立に伴うコストやリスクは過去のものになりました。Mペサのシステムは零細企業、特に女性の起業家に資金調達の手段をもたらすとともに、女性の経済・社会参加を促進する上で革新的な役割を果たしました。現金に関しては女性は圧倒的に不利ですが、性別を問わないデジタルシステムであれば、女性も自分の予算を管理できます。こうして、ナイロビ大都市圏に起業家たちにとって好条件な事業環境が誕生したのです。新規事業の中には、Mペサ利用者向けアプリの開発を手掛ける企業も含まれています。
システムにより何百万人もの人々の生活が改善される――これがこの話の結末ですが、始まりは何年も前に遡ります。政府が健全な規制政策を導入したことにより起業家的な発想が育まれたのです。特に重要だったのは、中央銀行が携帯電話会社による金融セクター参入を認めたことです。このおかげで起業家たちは、新たな産業を生み出し、人々に実質的な利益をもたらしました。これこそ、我々が全ての途上国で実現すべき規制緩和のプロセスです。
世界銀行グループは、ケニアが強固なモバイル・バンキング・システムを構築する過程で、何度も重要な役割を果たしてきました。この種の開発成果は、我々の2大目標である極度の貧困撲滅と繁栄の共有促進のための広範な成長に大きく貢献します。貧困削減は多くの国で大きく前進しましたが、今も7億人が極度の貧困に苦しんでいます。これはおよそ世界人口の12人に1人に相当します。その多くが暮らす脆弱な紛争地域では、必要としている人々に支援を届ける仕組みがあるとは言い難い状況です。
デジタル・キャッシュ・プログラムは、ケニアのような取引に焦点を当てたシステムであれ、他の地域で利用されている電子送金プログラムであれ、問題の解決に寄与する可能性を秘めています。我々は、安全なシステムを整備できる段階に限りなく近づいています。安全なシステムがあれば、貧しい人々は仕送りや外国からの支援、社会的セーフティ・ネットからの支給金、さらには労働の対価を電子的に受け取ることができ、また自由に預金や取引を行うことができるようになるでしょう。これは革命的な変化です。生活環境を改善する自由とチャンスを人々にもたらすことができるのです。こうしたテクノロジーを導入する国が増えれば、物々交換経済が市場経済に移行したときと比肩する規模で、イノベーションが開発政策を大きく進展させる可能性があります。
広範な成長の実現
広範な成長と貧困の緩和を進展させるためには、世界を大きく変える覚悟が必要です。なぜなら我々は、開発にとって特に難しい時代を生きているからです。世界の成長は減速しつつあります。世界銀行グループはこの6月に、2019年の世界経済の成長率を2.6%と予測しました。これは過去3年間で最も遅いペースです。しかも、英国のEU離脱や欧州の景気後退、貿易政策の不確実性の影響を受け、成長率はさらに下がると見られます。それだけではありません。大半の途上国では投資が落ち込み、大幅な所得向上は望めない状況にあります。資本の凍結の悲劇については、様々な場所でお伝えしてきました。現在の金融・規制制度では、15兆ドル超の債券の金利がゼロかマイナスの状態にあり、一部の債券保有者や債券発行体に恩恵をもたらす一方で、資本の流れを歪め、成長に資金が回らない事態を招いています。
このように世界経済は脆弱な状態にありますが、私は強力な政策枠組みと硬固な組織・制度があれば、ほぼ全ての途上国が広範な成長を成し遂げ、貧困の削減と繁栄の共有を実現できると確信しています。
この喫緊の課題に対処するため、我々は国や地域の固有の状況に合わせたアプローチを積極的に進めています。端的に言えば、我々、つまり世界銀行、IFC、MIGAは、現場の担当官や国担当局長を通じて、それぞれの技術やプログラムの専門家の助けを得ながら、各国政府が改善を実現できるよう支援しています。例えば、通商・貿易がもたらす経済的恩恵は非常に大きいことから、多くの国別プログラムでは貿易振興が重要な位置を占めています。税関手続きや関税の統一、船荷証券の標準化といった建設的な政策は達成可能です。エチオピアを訪れたとき、ビジネスの面で特に問題となっていたのは信用状の発行の遅れでした。エジプトでは通関に要する時間が投資の大きな阻害要因となっており、長ければ16日かかることもありました。しかし、どちらも解決できる問題です。
我々は、途上国政府のこうした政策改善を支援しています。その際に強みとなるのが、我々の資金提供能力です。我々は政府に融資やグラントを提供し、政府の民間セクターへの条件によっては民間セクターの債券や株式にも投資することができます。
我々は、各国や開発コミュニティと協力しながら、国別プラットフォームの整備にも取り組んでいます。目標は、各国が自国の主要な開発課題に優先順位を付け、新興ドナーや民間セクターを含むより多くの投資家が可能な限り建設的な形で関与できるようにすることです。多くの国際的ディスカッショングループが立ち上がり、国別プラットフォームの定義や標準化、一元化、指導方法について話し合われています。しかし、世界銀行グループがここではっきりとお伝えしたいこと、それは今こそ先に進むべき時だということです。すでに多くの議論が重ねられてきました。次のステップは、途上国自身が国内の議論を整理し、主要ドナーとともに活動の優先順位を付けることです。我々はこれまでに11カ国とプラットフォームの構築に取り組んできました。その結果、各プラットフォームはそれぞれの国やニーズに合ったものになり、特に民間セクターの参加や関与に重点が置かれる予定です。
途上国は、強力なリーダーシップを発揮し、経済的、社会的、政治的に正しく機能する道を選択する必要があります。一部の途上国は貧困から脱したのに、他の国は停滞している理由を説明する上で、政策と組織・制度の質が重要な役割を果たすことは明らかです。開発は外から押しつけられるものではないことも論を俟ちません。重要なのは、各国のリーダーシップであり、オーナーシップ(当事者意識)です。
我々が国別プログラムを実施し、他のドナーと連携する目的は、それぞれの国や地域に合った、高い開発成果を挙げるためです。成功には様々な指標があります。ご存じの方もおられると思いますが、世界銀行は「人的資本指標(HCI)」という指標を掲げています。これは各国が保健・教育分野でどのようなパフォーマンスを達成したかを追跡し、より高い成果を挙げられるよう支援するものです。結果を測定することは、良い結果を生み出すための重要なステップです。来週の世界銀行・IMF年次総会では、学習面の貧困度を測定する新たなアプローチを発表する予定です。このアプローチが注目するのは、単純な物語を読み、理解できる機能的識字力を身につけた10歳の子供の割合です。
効果的な開発の根幹には広範な成長があります。貧困削減と繁栄の共有に広範な成長が不可欠であることに疑いの余地はありません。この分野における成功の重要な指標は所得の増加率です。繁栄がどれだけ共有されているかを測る方法として、私がよく利用するのはドル建ての1人当たり所得の中央値ですが、他の測定方法も効果的です。また、我々は極度の貧困、つまり1日当たり1.90ドル未満で暮らす人々の数も引き続き注視しています。
重要なのは、我々の活動が幅広いセクター、社会の全てのセグメントで雇用や機会を生み出すことです。これが喫緊のアジェンダであることは、いくら強調してもしきれません。世界の労働人口は2020年から2035年の間に6億2,000万人増加すると予測されていますが、そのほとんどが最貧国における増加です。雇用に勝るセーフティ・ネットはありません。我々は多くの国で、起業を妨げている障害に対処し、労働市場の需要と供給を制約している要因に取り組み、女性と若者の機会を拡大していきます。
世界全体で成長が減速している今、最も重要なことは、それぞれの国が適切に設計された構造改革を実施し、国内成長を加速させることです。歴史を紐といても、経済成長なしに長期的な貧困削減を達成した国はありません。この10年間に、最も効果的に貧困を削減した途上国では、削減実績の半分以上は労働所得の伸びによるものでした。この分野で成果を上げるためには、電力と清潔な水に加えて、法の支配、保健、栄養、教育の分野での進展、少女と女性の完全な包摂、環境、気候、民間セクターの十分なモニタリング、そして政府の支出、税金、インフラ政策の改善が必要です。
我々は、気候変動に対処するための投資を強化しています。世界銀行グループは昨年度、気候変動への投資に178億ドルをコミットしましたが、これをさらに拡大する考えです。昨年11月には、各国の気候変動対策を支援するために5年間で2,000億ドルを拠出すると発表し、気候変動の緩和と同等の支援を気候変動への適応強化に投じると発表しました。2019年度には、28%という目標値を上回る、コミットメントの30%で気候関連のコベネフィットが見られました。先日の国連総会ではドイツとともに、幅広い気候・環境問題に対処する基金であるPROGREENを発表しました。
健全な法の支配、債務、透明性
成長と雇用には、民間セクターが非常に重要な役割を果たします。我々は、世界銀行グループの一機関で民間セクターの支援を行う国際金融公社(IFC)の主導の下、投資家に収益機会を、そして労働者に多くの雇用機会をもたらす強力な民間セクターの創出に取り組んでいます。この取組みでは各国の法規制はもちろん、民間セクターの拡大に寄与する改革や触媒的投資のプロセスを明確に分析し、理解することが不可欠です。
最大の障壁の一つは、健全な法の支配を確立し、民間企業が国有企業や軍、政府と公平に競争できる環境を整備することです。しかし多くの国にとってこれは、閉鎖され、保護されてきた市場を開放し、市場に価格決定を委ね、資本の流れを自由化することを意味します。しかしこのステップを実行することで途上国は、さらなる投資を国内外から呼び込み、国民の大半が恩恵を享受できる成長を達成できるのです。
投資を阻んでいるもう一つの大きな障害は、各国のソブリン債務と国有企業債務の残高と、債務の透明性の欠如です。上手に活用すれば、債務は成長を促進する優れた手段になり得ます。しかし、新興市場と低所得国の公的債務は1980年代の水準まで膨れ上がっており、しかも債務の実態には不透明な部分が多くあります。透明性が高まれば信用格付けは引き上げられ、借入コストは低下し、さらなる外国直接投資を呼び込むことが可能です。また透明性は、行政の説明責任を強化し、汚職のリスクを低減する上でも効果的です。しかし、我々が検討した国のうち、債務の記録、モニタリング、報告に関する最低限の要件を満たしている国は半数にも達していませんでした。貸手は透明性を高め、ソブリン発行体への融資契約から機密条項を削除する必要があります。
公共支出の透明性、持続可能性、有効性を確保することも不可欠です。世界銀行グループは、公共支出の見直しを通じて、資源配分の決定やプロセス上のボトルネックに関連したサービス提供上のギャップの見極めを行っています。これらの診断は、各国がヘルスケア、教育、インフラなどのセクターにおいて、効果的で透明性の高い予算配分を実行する上での一助となっています。
高い開発効果が見込まれる優先度の高い政策改革を対象とした開発政策融資は、持続可能な透明性の高い借入や、効果的かつ効率的な公共支出をより一層促進し、国民が政府の債務や収入の使途を確認することを可能にするでしょう。
使命を忘れずに
こうした取組みはいずれも、国際開発パートナーと協調しながら進められています。協力には一定の進捗は見られるものの、関連する開発会議や国際ワーキンググループが多すぎるきらいがあることは否めません。我々が注目すべきは、本日ご紹介してきたような途上国自身のアプローチであり、途上国におけるアクションです。私は貧困の緩和と繁栄の共有促進そのものに優先順位を置くことを目指しています。
世界銀行グループの最貧国向け基金である国際開発協会(IDA)は3年ごとに増資を実施しており、現在我々は第19次増資に向けた準備を行っているところです。我々は出資国とともに、極度の貧困撲滅と繁栄の共有促進に向けて、持続可能な方法で取り組みを続けています。今回の増資では、資金のかなりの部分が最貧国の人々、そして紛争の影響を受け、脆弱な状態に置かれている人々に向けられます。我々は世界の気候に良い影響をもたらし、ジェンダー平等を促進するプロジェクトへの投資を強化しています。資源の活用方法の効率化も進みつつあります。
カナダは長年にわたり、IDAにおいて、また出資国の間で大きな存在感を示してきました。今回のIDA増資が成功すれば、我々の共通の目標の達成可能性はさらに高まり、支援を最も必要としている人々を助けることができるでしょう。
最後に、マギル大学の高名な思想家のエピソードをご紹介したいと思います。すでに申し上げたように、アーネスト・ラザフォード氏は核物理学の父として知られています。彼はここマギル大学で多くの画期的な実験に取り組みました。しかし科学者として名を成す前、若い時分は農場で貧しい生活を送っていました。
彼は好奇心旺盛な若者でした。手に入る本は片っ端から読みふけり、時計を分解して遊びました。ある日、彼は黄銅管と少量の火薬を使って小さな大砲を作ろうと試みます。導火線に火をつけると、大砲は爆発して粉々に。つまり20世紀を代表する大科学者ですら、初期の実験では失敗していたのです。
幸い、アーネスト・ラザフォードは頑固者でした。彼は決してあきらめなかった。ひたすら研究を続け、ついに新しい原子模型を開発し、物質の概念まで変えてしまったのです。この精神にならい、私は膨張しがちな年次総会の傾向に粘り強く抵抗しましたが、惰性の力とは強いものです。来週はワシントンD.C.で大規模な会合がいくつか開催されますが、私は、途上国が国民の生活環境を改善する機会を見出せるよういかに支援できるか、その点から議論がぶれないようにしたいと思っています。
世界銀行グループは、極度の貧困の削減という目標を決して諦めません。我々は、ネルソン・マンデラの呼びかけと、これまで以上に呼応しています。彼は言いました。今こそ「貧困という牢獄」から「人々を解放」するときだと。今日ご紹介した事例を通じて、我々が途上国で取り組む活動について少しでも理解していただけたと願っています。そしてこの重要な活動に、今後皆さまがたくさんの斬新なアイディアを寄せてくださることを心待ちにしています。
ご静聴ありがとうございました。