(仮訳)
インフラを通じた貧困撲滅と繁栄の共有:民間セクターの果たせる役割とは?
はじめに
ご臨席の皆様、本日はお忙しいところ、本セミナーにご出席くださりありがとうございます。また、本セミナーを御共催いただいた日本貿易振興機構に、この場をお借りして感謝申し上げます。
本日は、途上国に存在する膨大なインフラ・ニーズと、民間資金活用の好機について、お話したいと思います。このような機会をここ東京で実現できることは、とりわけ深い意味を持ちます。なぜなら日本は、世界銀行グループにとって信頼できるパートナーであるばかりでなく、インフラ投資が開発にもたらす可能性をよくご存知の国だからです。
高まる重要性: 増えるインフラへのニーズ
まず、これまでとは違う現在の世界の状況についてお話しいたします。世界銀行が先月発表したデータでは、20年前には3分の1にも届かなかった新興国と途上国の経済が、今日では、 購買力平価で見た場合、世界経済の半分を占めるようになっています。また、世界の経済大国12か国のうち6か国は、世界銀行の定義による分類では、中所得国です。
最新のデータ(2011年の数値に基づく)では、中国が世界経済全体の15%、米国が17%を占めています。これを見ると、中国が、予想よりもはるかに早く、世界一の経済大国の座に就くことになります。そしてインドは今や、第3位につけています。
注目すべきもう一つの事実は、この20年間、特に世界規模の金融危機以降、途上国の経済成長が先進国よりも速いペースで進んでいることです。
インフラ・ギャップは明らか
しかし、途上国と新興国が、持続的成長を確保し、潜在性を発揮するためには、インフラ投資を拡大する必要があります。
今日、12億人もの人が電気のない生活を送っています。
28億人が、石炭や牛糞などの固形燃料を調理に使っています。
約10億人が、家から一番近い舗装道路までの距離が2キロ以上あります。
世界の人口の60%はインターネット接続がありません。
この数十年間、様々な分野で進歩が見られましたが、それでもまだ10億人以上が1日1.25ドル未満で生活しています。2ドル未満で生活している人は24億人に上ります。明確なのは、貧困撲滅が、インフラストックとその質、そして基本的サービスへのアクセスと密接に関連しているという事です。成長と繁栄の共有も同様です。
インフラがなければ、人々は、職場まで移動したり、製品を市場に運ぶことはできません。そのため、生産性を高めることも不可能です。例えば、ラテンアメリカでは、1990年代にインフラ投資が不十分であったために、経済成長率が3%から4%に達した時点でインフレの壁にぶつかってしまいました。
近年世界中で実施された景気刺激策に見られる通り、インフラ投資は短期的な成長をもたらすことができます。事実、インフラ投資1億ドルにつき、道路保守などの労働集約セクターを中心に、2~5万人の臨時雇用を生み出すことが可能です。ですが、これはあくまで短期的な成長です。長期的な成長は、エネルギー供給や電気通信、または鉄道や港湾などの貿易インフラの効率的なインフラ・サービスを通じてのみ持続可能です。
現在、途上国と新興国によるインフラ投資は年間約1兆ドルに上ります。ですが、 この額が将来どうなるか予想してみてください。国民のニーズを満たし、潜在性が発揮されるためには2020年まで毎年、この倍の額の投資が必要になるでしょう。さらに、温室効果ガス排出削減と今後さらに進むであろう気候変動への対応に必要な支出まで考慮すれば、年間2000億ドル以上を上乗せする必要があります。
いかにしてインフラ・ギャップを埋めるか?
このインフラ・ギャップを埋めようにも、公的資金がすでに限界まで投じられていることは、誰もが承知している通りです。政府開発援助(ODA)も重要な役割を果たしてはいますが、あるべき姿と現状のギャップはあまりに大きく、民間セクターを巻き込んだソリューションが必要なのは明らかです。
しかし、新興国におけるインフラ投資が直面する課題は、単に資金の不足ばかりではありません。他よりも複雑でリスクの高い環境に投資するという意欲が十分でない事が問題なのです。
機関投資家は現在、少なくとも20兆ドル以上の資金を有しています。業務上長期の運用が必要な機関投資家は、債券投資では望めない長期的リターンを求め、長期にわたり相対的に安定的で、予測可能かつ安全で規制に基づいた投資先を求めています。こうした条件を満たすインフラ投資は先進国では見つかりますが、新興国ではあまり望めないでしょう。
インフラ分野を専門とする投資家でさえも、低所得国にはほとんど投資していません。例えば、2011年にインフラに投資した上位15機関のうち、アフリカへの投資は南アフリカに対するものだけでした。
資金だけの問題ではない
このように、インフラ・ギャップを埋めるために必要なのは資金だけではありません。各国政府が民間投資家を惹きつけるためには、政治的安定や契約・規制の確実性を実現する政策を実施する必要があります。
世界銀行グループは、リスク対応手段の提供から信用増強まで、各国政府と協力して、規制枠組み、価格設定、組織・制度能力の向上を図っています。そのためには、様々な資金源から長期資金を呼び込めるよう、優れたプロジェクトを準備・設計・調整することが求められます。
ここで、民間インフラ投資を拡大する上で重要な3つのポイントを強調したいと思います。
第一に、それぞれの立場と役割を明確にしておく必要があります。民間投資家はインフラ・プロジェクトに資金をもたらしますが、それは彼ら自身の資金ではありません。そのため、魅力的なリターンが想定されることが投資の前提となります。最終的には、インフラのコストを支払うのは納税者や消費者です。彼らが求めるのは、質が高く手の届く価格のサービスです。政府は、市民、特に貧しく弱い立場の人々が、確実にサービスを利用できるよう徹底する必要があります。
第二は、関与した民間企業が最大限の恩恵を得られるようにすることです。公益事業もまた商業原理の下で運営されている訳で、投資家はそうした事業の長期的運営者としての役割を担うことが求められるでしょう。そのためには、信頼できる規制により、消費者のみならず、彼らの投資資金が保護されることが必要です。
第三に、住宅が5年ローンでは購入できないのと同様に、鉄道や高速道路、発電所を新たに建設するためには、当然のことながら短期の融資では賄えません。さらに長期的な融資に加え、適切なリスク対応策が必要です。資本市場において金利上昇や乱高下が予想される場合はなおさらです。
最後に、計画中のプロジェクトは実行可能かつ確実に利益を上げるものでなければならず、またそうしたプロジェクトを市場に持ち込む機関は健全でなければなりません。
日本の経験
日本は、インフラ投資から多大な恩恵を受けた典型的な例です。1960年まで、日本は世界銀行の最大の借入国のひとつでした。世界銀行は、日本の戦後復興支援の一環として、黒部ダムなど30件以上のプロジェクトに資金を提供しました。黒部ダムの高さは現在も日本一を誇っています。そしてご存知のように世界銀行は、経済・技術大国として生まれ変わった日本を象徴する新幹線の建設にも資金を提供しました。
日本は、安定的なインフラ・アクセスにより社会が貧困から脱する事ができるだけでなく、中産階級の形成や持続可能な成長の実現にも役立つことを如実に示しました。
日本にはまた、官民パートナーシップを成功させた経験もあります。資産をテコにして都市交通システムに投資を呼び込む上で先駆的役割を果たしてきたのです。東京と大阪で建設された私鉄は、民間セクターがいかにインフラ・リスクを取る事ができるかを示す素晴らしい例です。
同様に、日本国有鉄道の民営化は、運営・保守・経営を民間セクターに移転する一方で、サービスの質を全国的に高めることに成功した事例とされています。
官民協力の飛躍的進歩
日本の例から我々は、インフラ投資が極めて重要であること、そして成長を促進するために公共事業を際限なく活用することはできないことを学んできました。つまるところ、慎重な財政管理には、インフラ投資の優先対象が持続可能であることが不可欠なのです。
国際開発金融機関や地域開発金融機関はさらに踏み込んで、インフラ・ニーズと限りある長期公的資金のギャップを補填すべく取り組んでいます。
世界銀行グループが提案するグローバル・インフラストラクチャー・ファシリティがひとつの例です。同ファシリティは、民間資金の動員、償還延長、資産クラスとしてのインフラの強化を目指すもので、我々が有する知識の共有を進め、計画策定の支援、規制強化、インフラセクターの強化、投資環境の改善を図ります。
インフラにおける官民協力を飛躍的に進めるために、こうしたイニシアティブが今後極めて重要になっていくものと確信しています。
事実、これは我々の新たな戦略的方向性の一部です。我々はグループ機関が一丸となって、最も困難な開発課題に対処すべく、官民両セクターの連携にこれまで以上に注力する所存です。
そのために使える有効な手段が2つあります。一つ目は、世界銀行のグループ機関で民間セクターを支援する国際金融公社(IFC)です。IFCは昨年、民間セクター開発に対して過去最大の投融資を行いましたが、その3分の1は投資パートナーから動員された資金でした。喜ばしいことに、日本企業をパートナーとするIFCの投融資ポートフォリオは約40億ドルに上ります。
二つ目の手段は、多数国間投資保証機関(MIGA)です。MIGAは、途上国や新興国における重要な投資について民間企業に政治リスク保証を提供することで、信用格付けを改善します。貧困国の大半は、紛争の影響下にある国やサブサハラ・アフリカ諸国が占めていますが、こうした最貧国を対象とした保証や投融資は増え続けています。
我々は現在、新興国や途上国と共に、開発融資、民間セクター支援、リスク保険を盛り込んだ、状況を一変させるようなプロジェクトを策定中です。一例として、ミャンマーの貧しい人々を対象に、20億ドルの支援パッケージを通じてエネルギーと保健へのアクセス改善を図っています。
開発分野において、民間セクターには機会が無限に広がっています。ただし、単にそう確信しているだけではありません。極度の貧困撲滅と繁栄の共有促進という2つの目標を達成するために、民間セクターによる雇用創出と成長拡大を支援しなければならないことも承知しています。
望ましいインフラ
もう一つ、重要な点を挙げたいと思います。世界全体で、過去30年間に自然災害がもたらした損失は4兆ドルに上ると推定されています。さらに、人命が失われ、筆舌に尽くしがたい苦しみがもたらされてきました。昨年フィリピンを直撃した台風は自然災害がそれだけで、人や経済にいかに壊滅的な損害をもたらすかを改めて我々に痛感させました。
こうしたコストは、効果的な計画立案、十分な準備、「望ましい」インフラの設計を通じて、またそうしたインフラが適切に維持され規制によって守られれば、削減することが可能です。世界銀行は、日本政府と共同で、東京に防災ハブを立ち上げました。防災ハブの活動は、防災への適切な投資は単にリスクを管理するだけでなく、コストの節約につながり、その資源を他の開発に振り向けられることを示しています。
日本と東アジアの役割
日本と東アジアは、インフラ・ギャップの解消に重要な役割を果たすことができます。これまで日本の機関投資家は、インフラにごく限られた投資しかしてきませんでした。しかしスタンダード・アンド・プアーズが最近行った調査では、この資産クラスの大幅な拡大と関心の高まりが見られます。新たにインフラに投資されることになる資金の多くは、年金基金分野からでしょう。
国際協力銀行、みずほ銀行、三菱商事、企業年金連合会は、戦略的な投資アライアンスを組成し、大型インフラへの投資機会を追求されています。これは歓迎すべき動きです。
東アジア地域には、流動性と資本レベルの高い民間金融機関に加え、商社という力強い存在があります。日本と東アジア地域は、サプライヤとして、そして技術提供者として、インフラ分野において重要な役割を果たす可能性を秘めています。
こうした利点を踏まえ、先進国のみならず、途上国に対する投資への関心も高まることを期待しています。さらに、特に電力、水、運輸、電気通信セクターにおいては、サプライヤや技術提供者としてだけでなく、インフラの運営を担う役割も期待しています。
最後に
今日、インフラの課題は、急激な都市化から気候変動、雇用創出まで、世界の幅広い開発課題に対応するための基盤と見なされています。
そうした複雑で相互に結びついた課題に対応するには、環境に配慮しつつ、セクター間の相乗効果を図ることが我々に求められます。
日本は世界銀行の第二の出資国であり、主要な開発イニシアティブのドナーとして、貧困層向けの基金である国際開発協会(IDA)、地球環境ファシリティ(GEF)の他、革新的なコミュニティ主導型開発プロジェクトを支援する日本社会開発基金(JSDF)などに資金を提供しています。日本はまた、官民インフラ助言ファシリティ(PPIAF)の創設ドナーでもあります。PPIAFは、各国政府が民間セクターのインフラ参入のため健全で効果的な環境を構築できるよう支援しています。
今後、日本企業がPPP市場にこれまで以上に積極的に参画され、プロジェクトのライフサイクル・コスト最小化のための専門知識の提供、環境保護の促進、防災の主流化が促進されることを期待しています。
以上をもちまして私のスピーチは終わりとし、質疑応答に移りたいと思います。皆様のお考えやアイデアを是非お聞かせいただければと思います。ご清聴ありがとうございました。