地域の経済成長率急落に伴い、経常収支と財政収支が悪化、公的債務は大幅に増加の見通し
ワシントン、2020年10月19日 — 中東・北アフリカ地域(MENA)内、そして世界のすべての地域との貿易と域内統合が、貧困削減、貧困層のエンパワーメント、新型コロナウイルス感染症の収束後の景気回復にとって不可欠となる、と世界銀行は中東・北アフリカ地域経済報告の最新版「貿易の促進-コロナ後の経済回復のための地域統合の再考」で指摘している。
同報告書は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まって6カ月間の域内経済の状況についてその全体像を示している。新型コロナウイルス感染症の流行と原油価格下落が重なり経済への打撃となっているとして、その長期的影響を検証した上で、地域全体の新たな統合枠組み構築に向けた政策上の変更と改革を提言している。
「中東・北アフリカ地域は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行以前から、すでに経済面で後れを取っていた。流行が始まって6カ月が経った今、生活、生計、地域全体の繁栄が壊滅的な影響を被っていることは明白だ。」と、世界銀行のフェリード・ベルハジ中東・北アフリカ地域担当副総裁は述べた。「今後も、域内各国が新型コロナウイルス感染症の流行を食い止め、人々を守り、手を差し伸べられるよう支援していく。域内各国が透明性、ガバナンス、法の支配、市場競争力を最優先課題と位置付け、信頼を醸成し、民間セクターを活性化することの必要性を提唱し続けていく。また、貿易が貧困削減と万人のための機会アクセス向上に向けた強力なツールとなる、持続的な域内経済統合の新たな枠組みを構築することも極めて重要である。」
新型コロナウイルス感染症の世界的流行と原油価格下落がもたらした経済への打撃
新型コロナウイルス感染症の世界的流行と原油価格の下落という2つの大きな経済への打撃は、域内経済のあらゆる側面に影響を及ぼしており、2020年、地域全体の成長率はマイナス5.2%になるとみられる。これは、2020年4月の予測を4.1%ポイント、2019年10月の予測を7.8%ポイント下回る水準である。今回発表された最新データには、域内経済について悲観的見通しが強まっていることが反映されており、2021年も回復は一部にとどまるとみられる。
同地域の経常収支と財政収支の見通しもまた悪化している。原油輸出収入の低下、その他の財政収支の悪化、さらには新型コロナウイルス感染症の世界的流行への対応に必要な多額の支出が要因となり、2020年における同地域の経常収支と財政収支は、2019年10月の予測をはるかに下回り、対GDP比でそれぞれ4.8%と10.1%の赤字になるとみられる。公的債務は今後2、3年は大幅に増加し、2019年の対GDP比約45%から2022年は同58%になる見通しだ。
「新型コロナウイルス感染症の世界的流行は引き続き経済に打撃を与え、貧困層・脆弱層がより大きな影響を受けることになるだろう。」と、同報告書の共同執筆者であるハー・グエン世界銀行シニア・エコノミストは述べた。「この予測値は流動的であり不確定要素も多いとは言え、2021年に成長がV字回復するとは考えにくい。」
貿易と域内統合
同報告書によると、同地域の統合は、域内でも域外とでも、新型コロナウイルス感染症の世界的流行の前から大きな進捗は見られなかった。その背景にあるのが、物流の業績低迷、非効率な通関手続き、高いインフラ・コスト、投資のための法的枠組みの不備、国によって異なる規制といった経済面の理由であり、これらが重なって貿易コストを引き上げ貿易の非関税障壁となっている。政治経済的な障害もまた域内協力を阻む要因となり、さらに紛争や暴力の影響が貿易の妨げとなり経済成長を抑え込んでいる。
物流面の課題とビジネス環境は、同地域の域内バリューチェーンとグローバル・バリューチェーンへの統合の妨げとなっている。同地域は融資へのアクセスにおいて、近年は進歩もみられるとはいえ、世界のどの地域よりも遅れている。輸出に当たり国境での諸要件を満たすには、平均で442ドルが必要で、所要時間は平均53時間に上るなど、国境を越えた貿易には高いコストと時間がかかる。高所得国での平均と比べるとコストは3倍、所要時間は4倍に相当する。また、同地域は、サービス貿易に関して最も制約の厳しい地域の一つである。
「中東・北アフリカ地域の統合に対する政治経済面の障壁を克服することは、通常であっても困難だが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行と経済危機の真っ只中にあってはなおさらだ。」と、同報告書の代表執筆者であるブランカ・モレノ=ドッドソン世界銀行地中海統合センターのマネージャーは述べた。「だが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行は、域内諸国にとって、社会経済政策を見直し、貿易を通じた統合を強化しつつ、同時に石油への依存を減らすための絶好の機会である。
同報告書は、関税引下げにとどまらない、貿易による統合のための新たな枠組みを構築するよう提言している。その中で、貿易の自由化は包括的であると同時に、農業とサービスを含めた全セクターに恩恵をもたらすものでなければならないと指摘している。ビジネス環境全般を改善することなく、また民間セクターの役割を促進することなくしては、同地域が貿易自由化の恩恵を得ることはないだろう。枠組みを実行に移すに当たっては、貿易協定の本来の目的が達成されないようなことがないよう、政治的目標と経済的目標の間で一層の均衡を図ることが必要となる。同時に、中東・北アフリカ地域内での、そしてヨーロッパやアフリカとの協力による国内の改革には明確なルールと効果的な実施を可能にするメカニズムが求められる。
同報告書は、食料安全保障、保健システム、再生可能エネルギー、知識経済を促進するセクターにおける域内貿易を重視するよう提言している。また、域内各国が貿易とデジタル接続性の両方を向上できるように地域共通のデジタル市場を構築した上で、アフリカと地中海にも広く市場を構築するよう提言している。こうすることにより、生産性向上、新型コロナウイルス感染症の世界的流行への効率的対応の調整、さらには域内における包括的かつ強靭で持続可能な雇用の創出につながるはずである。
アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)は、中東・北アフリカ地域とサブサハラ・アフリカ地域が相互に非関税制度の簡略化と調和化を図る機会を提供している。同時に、アフリカ大陸全体として欧州連合との間で進められている対話においても、農業とサービスを含めた全セクターを対象とすれば、域内諸国に大きな恩恵をもたらす一方で、貿易とのつながりが深い労働力移動の問題にも取り組むことができる。