国際開発ジャーナル 2024年11月号より転載
持続可能な未来を築く世銀債
世界銀行財務局 駐日代表 有馬 良行(ありま・よしゆき)
2000年に世界銀行入行。本邦資本市場における投資家へのIR活動全般を管轄、個別起債案件や新型世銀債の発行に関する各種サービス提供を行っている。世銀入行前は、東京銀行(現:三菱UFJ銀行)にて、米国債トレード・本邦企業の欧州市場での起債支援・社債管理会社業務・米国私募債引受業務などを手掛けた
世界初のグリーンボンド発行
世銀が発行する債券は信用力格付けで最高基準のAAAを有しており、クレジットリスクが最も低い金融商品の一つである。そのため、金利が最も低い債券の一つであるが、元利金の返済確率が極めて高いため、リスクを最小限に抑えたい投資家向きだ。さらに、全ての世銀債が開発途上国支援プロジェクトの融資原資となるため、国際的な社会貢献につながる点も評価が高い。
その中でも世銀が2008年に世界で初めて発行した「グリーンボンド」は、環境・社会・ガバナンス(ESG)投資の出発点と言えるものだろう。グリーンボンドは、地球温暖化問題の解決に貢献できる債券の発行を北欧の投資家から打診されたことをきっかけに、新たに開発された世銀債だ。当時は債券の具体的な資金使途に注目する投資家は少なかったが、グリーンボンドは「地球温暖化に対処するプロジェクトに資金を提供するために発行される債券」という統ー的なコンセプトを打ち出した。
世銀はグリーンボンド発行の標準手続き(のちの「グリーンボンド原則」)を規定するために、資金使途の明確化・発行プロセスの透明性・情報開示手法などにおいても主導的な役割を果たしてきた。伊予銀行、山陰合同銀行、早稲田大学など日本の地方銀行や大学が世銀のグリーンボンド黎明期における最大の投資家層で、市場の立ち上げに貢献した。
その後、リーマン・ショックが起き、世界的な金融危機への反省から、投資が実現する社会貢献が重視されるようになり、安全性が高く、社会貢献投資としても理想的な世銀グリーンボンドに注目する投資家が増えていった。2008~2023年6月までの間で総額163億ドルの世銀グリーンボンドの資金が、途上国の温室効果ガスの排出削減や地球温暖化に対処する世銀の開発プロジェクトを支えてきた。
日本のESG投資の拡大に寄与
2017年には、世界最大規模の機関投資家の一つである日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と世界銀行グループでESG債券投資に関する共同研究レポートを発表した。公的機関がリーダーシップを取ったこの共同研究は、その後の日本におけるESG債券投資の拡大に大きく寄与した。同時期に発表された国際資本市場協会(ICMA)によるサステナビリティ・ボンド・ガイドラインに象徴されるように、地球温暖化問題だけでなく、さまざまな国際的な社会問題の解決を目指す債券投資も拡大していった。
こうした中、世界銀行も「サステナブル・ディベロップメント・ボンド」というコンセプトを導入した。世銀は、開発途上国の気候変動対策に資金を提供する世界最大の国際機関であるが、世界では温暖化問題に加えて、複雑に絡み合ったさまざまな問題が同時多発的に発生しており、その解決には大規模かつ包括的なアプローチが不可欠となってきた。「サステナブル・ディベロップメント・ボンド」は、グリーンボンドとは異なり、特定の分野に資金使途を限定せず、世界銀行の融資ポートフォリオ全体を均等に支えるものである。複合危機への包括的な対処の重要性を訴えつつ、新たな世銀債が発行される際は個別の課題(テーマ)を掘り下げて問題提起する手法を取っている。
例えば、これまでに採用されたテーマは「水・海洋資源」「生物多様性」「ジェンダー」「栄養問題」「食品ロスと食糧廃棄」「保健」など多岐にわたり、日本の投資家からも多大な資金供与(世銀債投資)を得ることができた。これらのテーマ債は、資金使途が当該テーマに限定されるとの誤解を生むことも多いが、それ以上に、世界で発生している深刻な諸問題を広く認知してもらうことにつながっている。
投資家からリスクを切り離す
一般的に、個々の債券の資金使途を特定の分野や国に割り当てることは簡単ではない。「間接」金融機関である銀行の重要な役割は、銀行の融資先のリスクを資金の提供者である預金者から切り離すことにあるからだ。例えば、融資先の一社が倒産し、融資の元利金を回収できなくなった場合、特定の預金者にだけ返済しないということはあり得ない。銀行が間に入ることで、融資先のリスクを預金者と切り離しているのである。この構造は世銀でも同じで、特定の国の特定のプロジェクトが破綻した時に特定の世銀債だけデフォルト(債務不履行)することもあり得ない。グリーンボンド原則では、グリーンボンドで調達した資金とグリーン融資プロジェクトヘの資金の流れを整合させることが求められ、これによって資金使途の限定と認められているが、根本的な構造は一般的な債券と全く同じである。実際に、特定の再生可能エネルギープロジェクトが破綻した場合でも、グリーンボンドが他の世銀債よりも返済が劣後して先にデフォルトするようなことはない。
このように個々のプロジェクトリスクやカントリーリスクから投資家が保護されている点も、世銀債がAAAの格付けを得ている理由である。
資金使途を限定する特殊な債券
2019年と20年に世銀が手掛けた「ワクチン債」に、最大シェアで第一生命が投資したことは世界から注目を浴びた。「ワクチン債」は、世銀が発行する世銀債ではなく、途上国の子どもたちへのワクチン供与のみを活動目的とするGAVIワクチンアライアンスの資金調達のために発行される特殊な債券で、世界銀行が発行を管轄している。債券発行体の事業内容が一つの分野だけに特定されているため、債券の資金使途も当該分野に特定され、「ワクチン債」はコロナ禍に対処する投資機会を探していた投資ニーズを完全に満たすものとなった。
災害リスクを投資家と分配
世銀は2014年から「大災害債券」(キャットボンド)*の発行を開始したが、これも「資金使途限定」のニーズを満たす特殊な世銀債として注目されている。自然災害による被害は日本だけでなく世界各国でも急激に拡大しており、その対処は世銀にとっても急務だ。キャットボンドは、あらかじめ特定した大規模自然災害が発生すると、債券元本を使って被災者を支援する。対象となる災害が発生しない間は、投資元本は途上国支援のための世銀プロジェクト融資資金として活用されるという仕組み。仮に災害が起きてしまった時には、投資家は投資元本の一部もしくは全てを失うが、その資金は被災国支援に用いられる。つまり、自然災害の有無に関わらず二面的な社会貢献性を有することが、世銀のキャットボンドの特徴だ。
近年、自然災害による被害は拡大の一途で、従来の損害保険だけではカバーしきれない水準になっている。キャットボンドを活用すれば、少数の損害保険会社への災害リスク集中を回避でき、保険料の高騰を抑える効果もある。 ESG投資の対象としても注目されはじめ、自然災害リスクヘの対処に社会貢献投資を求める新たな投資家層の開拓が期待される。
世界銀行は近年、投資家との直接対話の機会を増やしており、高度化するESG投資の新たなニーズに積極的に対応してきた。 ESG債券市場の発展に世銀債が果たしてきた役割は大きく、引き続き市場の期待に応えていきたい。
*キャットボンド=CAT BOND。CATはカタストロフィー(catastrophe)の略