毎日何が起きるかわからない!
2022年夏から、南アジア地域の教育部におけるプラクティスマネージャーを担当しています。南アジア地域の教育部門は、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、バングラデシュ、ブータン、スリランカ、モルディブの8カ国、職員は約40人、60億ドル規模のポートフォリオを持つ、一人のプラクティスマネージャーが担当する教育部の部署としては一番大きいものになります。
チームリーダーだった頃は自分でプロジェクトを担当していましたが、今はマネージャーであるため、自分でプロジェクトを実施することはありません。そのかわり、各担当が進めるプロジェクトの実施段階で起きる様々な課題の相談に乗り、新しいプロジェクトの準備のため、政府の要望をいかに実施しやすい形にまとめるか、目標を達成するにはどう設計したら良いか、などを話し合ったりするのが主な仕事です。人事も担当しているため、ワシントンDC本部も含めて各国で勤務する職員とはなるべく頻繁に会って一対一で話すように心掛けています。このような立場上、プロジェクトを担当していたときのようには計画を立てられず、毎日何が起きるかまったく想像ができない日で、こんなことが起きたのか、と驚くような日もあります。ブータンのような小さい国もあれば、インドのような大きい国、アフガニスタンのような紛争を抱えた国もあり、幅広く目を配る努力が必要です。
プロジェクトレベルでも、部署レベルでも、世界銀行の仕事ではチームのバランスを見ることが大切であることは共通していると思います。世界銀行の仕事は一人ではできない、必ず誰かの助けやチームワークを必要とするもので、どこにどういう人材が必要なのかを常に考えていないといけない機関です。例えばチームレベルでは、マネージャーと相談してプロジェクトに必要な人に他から入ってもらうことが必要になりますが、部署レベルでは、各国事務所の職員の仕事を見ながら、どんな人材が足りてないか、そのバランスについて考えるという点は同じです。
教育だけを見る立場から、ひとつの国全体から見る立場へ
今の仕事はすごくやりがいがありますが、ひとつ前の人間開発のプラクティスリーダーの仕事での経験は特に刺激的でした。2017年から2020年まではベトナムの人間開発プラクティスリーダーとして、その後はバンコクに駐在しながら約2年間バングラデシュとブータンも担当しました。「人間開発」とは、教育以外に、保健・栄養・人口、社会的保護と雇用、ジェンダーを含む幅広い分野で、自分の教育支援プロジェクトを別途持ちつつ、担当国の人間開発ポートフォリオもカバーすることになりました。入行以来ずっと教育だけを担当してきたのに、保健財政や年金など、未知の世界に放り込まれたんです。プラクティスリーダーという立場は、自分がプロジェクトをやるわけではありません。しかし、プロジェクトを担当するチームのサポートとして、例えば何か問題があった時、個別分野の担当者を代表して国別局長に交渉したりするため、技術的な側面を理解していないとプロジェクトの重要さを説明できないし、説明ができなければ翌年の予算が減ってしまうこともあるため、新しい勉強が相当必要でした。
その結果、ひとつの国全体から見た視点を得ることができ、教育に対する投資を押したいとは思っても、他にも優先課題があり、時には教育以外の分野を優先すべきだという考え方も身につきました。
世界銀行の良いところは、ある特定の分野を極めてその仕事をずっと続けることもできるし、私のように新しいことが好きな人なら、どんどん新しい分野に挑戦していくこともできるところです。例えばチームリーダー時代、教育でも知らない分野については、小学校以下の教育から高等教育や生涯教育などまで、根本的なところから数カ月間籠って勉強し、当該分野の専門家を世銀内外から探し出してプロジェクトに参加してもらいました。毎日何が起こるかわからない緊張感がありますが、私はそういう緊張感も好きなんだと思います。
なぜ教育に投資すべきかを説明し続ける
よくあるパターンとして、開発における優先事項を聞くと、必ず教育は上位3位に入ってくるのに、資金がついてこない、ということがあります。教育に対する予算が限られている国などでは、「教育に予算をつける」と言いながら、実際には削減されたりもします。世界銀行の局長であっても、限りある投資資金をどう効率よく使うかということを考えており、水やデジタル化など投資できる分野が多くある中で、毎回なぜ教育を優先すべきなのかを交渉しなければなりません。
さらに、投資においては金額の問題だけでなく、効率の問題もあります。お金を投資すれば良いわけでなく、効率の良い使い方をチームで考えなければなりません。各国政府からも、「これまでたくさん教育には投資してきたが、結果はどうなのか」と聞かれます。南アジア地域では、「何年も学校に通っても8割くらいが簡単な文章を読めない」という「学習貧困」と呼ばれる状況があります。途上国の政府側からは、「これまでこんなに投資してきたのに、結果がついてきていない」という指摘を受けるわけです。もっともな指摘ですが、人口が増えている国は投資に追いつけていない部分もあり、先生が一人で50人のクラスを教科書もほぼない状態で、教えなければならないのが現状です。だから、常になぜ教育に予算を割くべきなのか、政府からの鋭い質問に対してどう答えるか、そして教育への投資が意図した学びと育成結果を出すこと、という2つの点が教育分野でのチャレンジです。
教育支援をやり遂げるというのは、実はとても複雑なプロセスだと個人的には思っています。学校を建てるというようなハード面もあれば、それを支えるコミュニティの教育、政府のコミットメント、両親の理解などのソフト面の要素もあります。さらに家庭内暴力があったり、学校まで1時間半歩かなければならない、お腹が空いているなどの状態では勉学に集中できないですし、色々な要因が揃ってはじめて成功するものなんです。
私は教育で人生が変わる、教育が国の開発につながっていると信じています。教育の投資対効果や生産性と雇用の上昇など、それを示すエビデンスも出ていますし、教育への投資はスマートな投資だと思います。それを説明し、そのプロセスを繰り返していく。そしてどう効率的に予算を使えば良いかを説明していくのが、私の仕事だと思っています。
3−5年後を見据えて動こう
2005年に入行した後は、チームメンバーとして報告書の一部のみを執筆するような仕事も含めて様々な仕事をしました。ちょうど前回のインタビューの2009年時はチームリーダーになった頃でした。その後2017年に人間開発プラクティスリーダーとしてベトナム、バングラデシュ、ブータンを担当し、現在は南アジア地域のプラクティスマネージャーになりました。
これまで世界銀行に勤めてきて、1)オペレーション(プロジェクトの設計・実施能力)、2)分析力、3)クライアント対応力、4)チームワークの4つがバランス良く揃っていることが、世界銀行でキャリアを長期的に築いていく上では大事だと思います。とはいえ、全部が最初から揃っているわけではなく、オペレーション、つまり技術面での能力か、分析力を評価されて入行する人が多く、残りの2つは仕事をしながら身につけていくものだと思います。私もそうでしたし、これら4つをバランス良く持てるように、マネージャーともWork programについて交渉しながらやっていくと良いと思います。
また、目標を持ってキャリアを積んでいくことも大事です。今のキャリアの3−5年後が見えていないと、すぐに時間は過ぎてしまいます。私は、プラクティスリーダーの仕事を始めた初日に、上司に「この仕事の次には何をしたいのか。その次をもう考えてないと駄目だ」と言われ、私としては、プラクティスリーダーになっただけでも嬉しかったので、度肝を抜かれました。彼にはそれ以降半年ごとにこの質問を聞かれてプレッシャーをかけられ、その時に、世界銀行では3−4年おきに競争的に他の部署に移らないといけないため、今の仕事をやっている時点で、次の仕事について考えていかなければならない機関なのだと再確認しました。そのためには常に自分を磨き、履歴書を更新し、メンターと話し、先輩にアドバイスをもらうべきだと思います。
実は、自分自身はキャリアアップが遅いと思っていて、前回の記事の頃はむしろ焦っていた頃なんです。世界銀行というとても複雑な国際組織の中で、どうやって自分のキャリアをナビゲートしていったら良いか、もっと早く先輩方に聞くべきだったと思いますし、そうしていたらもっと効率良くキャリアアップできたかもしれません。でも、とても苦労したおかげで、世界銀行というのは大変な場所だという実感もあり、またやりがいも感じているんですけどね。
私はとても楽観的で、「何が起きても絶対できる、どうにかなる」って思っているところがあります。本当は失敗だらけなんですよ。その瞬間にズバリと上司に言われたこともあります(そうした指摘がむしろこれまで一番ためになったし、彼らに出会えてラッキーでした)。それでも、納得して立ち直れるのも大事で、悩んでいた時期もありますが、悔やんでもどうしようもない。気にしないでやっていくんです。最近もきついことを言われました。でも、プラクティスマネージャーをやって身についたのは、「面の皮を厚くする」ことです。上司やクライアントに何を言われても、内心はすごく焦っていても、落ち着いて返事それができることを示すことが大事だと思います。失敗しても気にしない、そういう覚悟は必要です。
コツコツやる努力にもマーケティングが必要
常に良い仕事をしなければならないのはその通りです。でも「良い仕事をしながら、同時に存在をアピールしていく」という努力はずっとしてきました。「日本人はコツコツ頑張っていれば誰かが見てくれている、と思っている人が多い。でもみんなコツコツ頑張っているのだから、時々その頑張りをマーケティングしないと損だよ」と以前アドバイスをもらったのですが、プラクティスリーダーになってからは特に痛感しました。これは、上級レベルのチームリーダーでずっと続けたいのなら別ですが、プラクティスマネージャーをやりたいと思ったら、ある程度は名前が知られている必要があるんです。だから、プラクティスマネージャーになるぞ、と思った時から、いろんなイベントに参加し、内容を真剣に聞いて質問したりもしました。
例えば、各国事務所での頑張りをどうやって物理的に距離のあるワシントンDCの本部に伝えるか?私はナレッジシェアリングセッションをやったり、同僚の評価を積極的に受けたり、ワシントンDC出張時には戦略的に教育部門のグローバルディレクターに面会を申し入れたり、ソーシャルネットワーキングを意識的にするよう努力しました。
ソフトスキルも武器になる
日本人の強みのひとつは、「後ろからみんなをまとめていく」ようなスタイルのリーダーシップが得意なことではないでしょうか。先頭でチームを引っ張っていくスタイルもありますが、チームメンバーをサポートして、いつの間にかみんなでやり遂げていた、というようなリーダーシップの方法、そういったソフトスキルもとても大切だと思います。私もそうですが、このようなリーダーシップの方法も世界銀行では通用します。また、チームメンバーとの協力も大事ですが、上級レベルになれば、上層部との関係も重要になってきます。
また、私はそうでもないですが、日本人は衝動的な行動を取らず、一旦考えて間をおいてから行動を起こすことができる人が多いと思います。考えるだけでは駄目ですが、あまり考えずに行動する人もいる中で、戦略的にこのスキルを使うことができれば、ある意味余裕があるということでもあり、強みになると思います。
開発はとっても大切で、本当にやりがいのある分野です。毎朝、元気満々で取り掛かれる仕事だと思うんです。世界銀行でなくても、NGOからでも入っていけますし、どんな切り口からでも入っていけるので、開発で何かをしたいと思う人にはこの世界に飛び込んでみることを本当におすすめしたいと思います。