2020年は新型コロナウイルス感染症に翻弄された1年でした。年末にはワクチンの開発、欧米先進国では当局の迅速な認可、医療従事者への接種開始など光明が見えてきましたが、変異種の確認など未だ感染の猛威は衰える様子は見えません。今年1月にプレスリリースされた世界経済見通し(GEP)2021年1月版では、今回の危機を封じ込め、投資拡大のための改革実行に向けて断固たる政策措置を講じない限り回復は完全なものとはならない可能性が高い、と指摘されています。こうした動きに人事要員計画も対応しており、2021年も継続して世界銀行グループの求人、特に現地事務所のポストの採用ニーズは旺盛であると思われます。2月1日現在、70を越える各種専門家向けの空席が公募されているほか、日本政府が支援するジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)とミッドキャリア(MC)ポジションも募集開始予定です。今年も引き続き転職検討者向けに、採用ページには掲載されていない生の情報を共有させていただきます。
今回は世界銀行職員の離職理由を考察してみました。タイトルを見ると一瞬、どきっとするかもしれませんが、転職活動の基本が転職希望先の情報を集めることであることは、皆さんも認識されていると思います。労働条件や応募資格など調査すべき情報は様々ですが、組織の離職率に注目している人も多いのではないでしょうか。あまりデータとして公開されないものですが、安定した職を辞してまで転職するので、失敗したくないと考えるのであれば当然気になる項目と思われます。昨年、日本人採用ミッションで最終選考を通過された方から、現職で昇進が打診され、世界銀行のポストのオファーを受けるかで迷っているということで相談を頂いた際に、「日本人職員が辞める主な理由は何ですか」との質問を頂きました。その方の入行後、私の回答が世界銀行への入行の決心の助けになったと報告を頂いたので、このブログの読者の皆さんにも参考になるのではと思い、今回は職員の辞職理由について記事にしてみました。
離職率とは
離職率には、国際基準や法的に定められた定義や計算方法はありません。したがって雇用主によって離職率の定義は異なりますが、大方一定の期間内に退職した人を在籍している人数で割って「100」をかけると得られます。
「一定期間に辞職した人数÷一定期間の在籍者の人数×100」 |
世界銀行では離職率を公表してはいませんが、HRビジネスパートナーとして担当する部門のおおよその離職率を計算して採用の効率性や要員計画の予測に使うことがあります。世界銀行の会計年度は7月から翌年6月となっており、その会計年度を離職率算出上の一定期間とすると、世界銀行の離職率は約6%と言われています。私の民間セクターでの経験から、多国籍企業の離職率は景気の波なども含めて2000年代以降約10%台で推移してきているので、世界銀行の離職率は低い傾向にあると言ってもいいでしょう。これは、世界銀行が働きやすい場であることや、待遇の面で恵まれていることを示す目安として捉えていただいても良いと思います。また、入行自体が難関なので、折角苦労して得た職をそう簡単には手放したくないという傾向もあろうかと思います。
日本人の離職率と退職時面談
ただし、これを日本人職員に限定して分析すると少し違った光景が見えてきます。われわれ人事部では、世界銀行で活躍する日本人を増やすため採用活動に力を入れていることは、このブログで何度も紹介してきましたが、同時に日本人職員の定着にも注力しています。というのも、日本人専門職員の離職率は一般的な平均より一貫して1-2%高い傾向にあるからです。それでは、難関を突破して入行した方々かどうして辞めてしまうのか、データと「退職時面談」の結果から考察していきたいと思います。退職時面談とはあまり聞きなれない言葉かと思いますが、退職時の退職理由等の聞き取り調査です。主に多国籍企業で使われている手法で、離職者の話を聞いて人事戦略や職場の改善に役立てることに使われます。直属の上司への辞表提出時には、当たり障りのない理由を述べる退職者が多いものの、実際には上司との相性だったり職場の問題点等があぶりだされることがあるので、人事担当者や時には社外第三者等が聞き取りをします。世界銀行グループでも、退職時にメールによるアンケート方式で離職理由を聞いていますが、必ずしも回答率は高くないのが現状です。よって職員定着向上を目的に、日本人採用ミッションのプロジェクトの一環として過去のある一定期間、日本人の退職者を対象に直接聞き取りをしたことがあります。
職員はどうして辞めるのか。
一般的なデータとして世界銀行グループを含め国際機関の職員の退職理由としては、
- 定年退職(早期退職選択者も含む)
- 自己都合
- 契約満了(契約が更新されない)
の3つのカテゴリーがほとんどです。1の定年退職は国籍に限らず一定数発生してくるカテゴリーでなので出身国による統計的な傾向の違いはありません。そうすると、2と3の部分で日本人の離職がより多く発生していることになります。ここで退職時面談の聞き取りが活かされます。
2の自己都合退職では、ある程度予想はつくと思いますが、退職理由は圧倒的に「転職で日本またはアジアに帰る」という方が多くなっています。自己都合で辞める人たちの8割にのぼります。残りの2割は他の国際機関や開発援助機関のアジア以外の現地事務所、特にアフリカへの転職となっています。日本や近隣アジア諸国に転職を決めた理由として、さらに細分化すると、お子さんの教育、配偶者・パートナーのキャリア、ご両親の介護といった人生における重要な決断のために日本または帰国しやすいアジア諸国で仕事がしたいという理由と、日本の大学や企業でより魅力的な就業機会といった純粋にキャリア上な理由とが半々程度となっています。もちろん、その両方の要素が複合的に重なり合っているケースもあります。世界銀行も東京をはじめアジア諸国にオフィスがありますが、職員が動きたいときに自分の専門のポストに空席があるとは限らないので、世界銀行から見ると職員の流出につながっているのですが、例えば日本の政府系開発援助機関やアジア開発銀行等へ転職はキャリアの一貫性が保たれ、国際開発分野での日本人人材層の強化に貢献していると言えると思います。また大学などで国際開発学などの分野で教鞭を取られる方については、次世代の開発業界の人材育成に多大に貢献頂いていると言えるでしょう。世界銀行OB、OGで日本の大学にいる先生方には、リクルートミッション等でキャリアセミナーの開催などで協力いただいたり、研究室からJPOやヤング・プロフェッショナルを輩出しているケースも見受けられます。
一方で、家庭の事情で辞めて日本に帰国していく方の中には、本人はできれば世界銀行に残りたかったが、やむを得ずといったケースも見受けられます。世界銀行に転職した当時は人生設計や家族への影響まで考えていなかったが、今思えばもう少し配偶者と先々の計画について話しておけばよかったとの思いを吐露してくださった方もおられます。よって、現在日本にいて世界銀行への転職を目指される方はぜひご家族と長期的な人生の計画についてある程度シミュレーションしておくことをお勧めします。いざ内定を得てから考えればいいのではと思われる方が大半と思われますが、国際機関への転職での海外赴任は結果的に長期になるので、日本企業の海外駐在派遣とは異なる心構えや準備が必要になります。
3の契約満了については、職員は組織に残りたいのに契約が更新されないというケースが一般的です。世界銀行グループをはじめ国際機関では、正規職員募集でも2~3年の有期雇用契約が一般的です。初めから一回のみの契約と決まっているポストは稀で、勤務評価と仕事の需要により延長されていく仕組みになっていますが、契約が延長されないケースとしては勤務評価が部署の期待値に達していないケースと、プロジェクトの案件数や仕事量が十分でなくポストを維持する需要がないケースがあります。本人の勤務成績が良いのにポストがなくなる、という場合はマネージャーがポストを紹介してくれたり、応募先の部署に推薦してくれることもあります。同時に我々職員自身もネットワーキングをして、内部の空席に応募しつつ、なんとか残留していく努力をしていきます。それでも叶わなければ契約期限の数カ月前から通告があり退職の準備を進めることになります。こういうケースを避けるためには、契約満了直前や勤務成績査定の時期だけではなく、常日頃から直属の上司と仕事の成果が期初に立てた目標にどのくらい達しているか、また、何が改善すべき点があればどのようにして挽回するべきかなどを自ら積極的に相談しておくことが必要です。終身雇用を前提とした組織で勤務されている方にはなじみのない仕組みかと思いますが、世界銀行では、遠慮せずに自律的にこうした議論を上司に働きかける姿勢が求められます。
一方、日本人、特に若い層では「積極的に契約更新の働きかけをしない」という意味で自己都合退職に近い契約満了のケースも見受けられます。特にワシントンDC勤務者で途上国経験を積みたいと思っている方は世界銀行グループ内で現地事務所への異動が叶いそうになければ、転職活動をして契約満了時に別の組織で途上国勤務の経験を選択するというケースもあります。また専門を深めるために契約終了のタイミングで博士号を取得するために進学する方も毎年見受けます。短期的に見れば人材の損失ですが、こういったケースでは経験を積んでまた世界銀行に戻ってくるといったキャリアも想定できるため、個人的には応援したいと思って送り出しています。
まとめ
今回は、世界銀行グループへの転職を検討する皆さんへの情報提供として、離職率について考察しました。データに基づき中立的な議論をつとめました。世界銀行グループとしては日本人職員にできるだけ長く働いてもらいたいというのが原則的で大切なメッセージであり、経営幹部や人事部にとって、仕事のやりがいがあり、かつ働きやすい職場環境の提供は最優先事項の一つです。日本人の離職率はやや高い傾向にありますが、世銀勤務経験者へのニーズは堅調で、離職後も日本を中心に世界銀行での経験を有効に活用している方々がほとんどのようです。一方、キャリア以外の個人的な理由で不本意な退職を避けるためには、転職が決定する前から長期的な海外生活を想定し、時には家族と話し合って合意を形成しておくことが、長く活躍することの秘訣とも言えるでしょう。また、勤務成績が原因で契約が延長されないという事態を避けるためには、日頃から上司ときちんとコミュニケーションをとり、期待されている仕事内容を定期的に確認し、確実に成果を出すことが大切です。最後に、仕事が厳しくて脱落してしまうのではないかとか、国際機関ではある日突然退職勧告を受けるのではないかと不安を聞きますが、そのようなケースはほぼ見かけないという事を加えておきたいと思います。
今回は離職をテーマしましたが、多くの職員は長期間勤務していますので、魅力的な職場であることは自信を持ってお伝えしたいと思います。世界銀行グループキャリアサイトにも転職者向けの様々な情報を提供しておりますので、興味がある方々には是非世界銀行の門を叩いていただければ幸いです。
筆者略歴
Satoshi Tozaki, HR Business Partner
早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄道会社、外資系会社勤務。その後アジア経済研究所開発スクール(IDEAS)を経て、コーネル大学にて産業労働関係学修士号を取得。多国籍企業の人事マネージャーとして北アメリカ、東南アジア、日本法人等で勤務後、2014年に国連に移り、国連人口基金(UNFPA)ニューヨーク本部人事戦略および分析担当官を歴任。2016年に採用担当官として世銀に移籍。金融、保健、環境、およびインフラ関連の専門家、エコノミストの採用を担当。2018年よりHRビジネスパートナーとしてクライアントサービスチームに異動。日本人リクルートミッション事務局運営担当も歴任。世界銀行グループにおける様々なグローバル人事・ダイバーシティイニチアチブに携わる。