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特集2019年12月20日

吉田信生 世界銀行 貧困・平等グローバルプラクティス リードエコノミスト~第54回 世銀スタッフの横顔インタビュー

経済学者を目指していたものの、指導教官の勧めにより世界銀行で働き始め、貧困データ分析をしているうちに、仕事が面白くてたまらなくなったと話す吉田さん。厳しい上司に鍛えられ、世界銀行内部の競争を経験しながら、日本人であることが強みになってきたという彼は、どのようにして開発の世界で自分の生きる道を見出したのだろうか。

Nobuo Yoshida

The World Bank

2003年、世界銀行入行。貧困・平等グローバルプラクティス(GP)所属。東アフリカ諸国での貧困プログラム、国際貧困ラインに基づき、推定貧困率を算出するグローバル貧困測定プログラム、ならびに機械学習を活用してプロジェクト進捗状況のモニタリングを低価格かつタイムリーに実施するためのアプリケーションであるSWIFT(Survey of Well-being via Instant and Frequent Tracking、瞬間・高頻度追跡による貧困調査)プログラムを開発。世界銀行グループが2つの目標(「極度の貧困の撲滅」と「繁栄の共有の促進」)を策定した際のワーキンググループのメンバーでもある。2003年、ボストン大学にて経済学博士号を取得。主な関心分野は、貧困の測定、脆弱性、社会的保護。

貧困・平等グローバルプラクティスは、世界銀行でも特殊な分析能力の高いプロ集団

世界銀行は、「極度の貧困の撲滅」と「繁栄の共有の促進」という2つの目標を掲げていますが、この目標が達成できているかを測定し、達成するために何をすべきかを理解するためには、データを収集・分析し、状況をモニタリングする必要があります。私が所属する貧困・平等グローバルプラクティスは、そうした貧困に関する様々な分析やモニタリングをしています。分析を主な仕事とする世界銀行の中では特殊なグループで、200人ぐらい職員が所属していますが、そのほとんどが博士号を持った分析能力の高い人たちが集まるグループです。

経済学博士課程を修了して世界銀行へ

もともとは学者になりたくて、京都大学の経済学部を経て、大阪大学の修士課程で経済学を勉強していました。大阪大学はアメリカへの留学志向が強い人が多かったこともあり、本場の経済学を学んでみようと思ってボストン大学の経済学博士課程に行きました。たまたま経済開発理論も教えている教授が私の指導教官になり、経済開発についても学び始めましたが、決して自分のメインのテーマではなかったんですね。それでも博士課程の最後の年に、指導教官に開発関係のデータに関する仕事をやってみないかと言われたのがきっかけで、リサーチアシスタントとして開発のデータ分析も始めました。

博士課程を修了する頃、日本の企業から内定をいただいていたのですが、妻が国際通貨基金(IMF)の本部で働くことになり、一緒に住めるように私もワシントンDCで仕事を探すことにしました。指導教官に世界銀行で短期コンサルタントのポジションがあると紹介してもらい、今はなくなった部署ですが、貧困削減・経済管理局(PREM)で働き始めました。

世界銀行で働くことにもともと関心があった訳ではないのですが、仕事をしていくうちに、だんだん面白くてたまらなくなってきました。学者になりたかったとはいえ、本音を言えばちょっと違うと感じていたんです。それが世界銀行で上司に鍛えられ、様々な分野の専門家に教えを請いながら勉強し、また習ったことを開発途上国政府の人たちに伝えたり、一緒に協力して新しいものを作りだしたり、測定の精度を高めたりするようになって、本当に毎日が楽しいです。政府の人と色々仕事をしながら、時にとても面白い結果が出たりしてくると、もうたまらないですね。

最近は新しいことをやらせてもらえるようになり、途上国の政府からも機会をどんどんいただいていますが、その分の責任も大きいです。貧困層に及ぼす影響を常に考えながら、分析という形を通じてお金の流れを良くし、貧困層にきちんと資金やリソースが行くようにシステム作りをしています。政策の立案・設計の段階で政策の結果を評価することで、少ない資金で効率的に政策を改善していく「Evidence-based policy making(エビデンス(客観的根拠)に基づく政策形成)」というアプローチがありますが、私がやりたいのはまさにこのアプローチで、自身が開発したSWIFT(Survey of Well-being via Instant and Frequent Tracking、瞬間・高頻度追跡による貧困調査)もその一環です。

より早く、より安く貧困の可視化を実現

The World Bank

私の仕事は、途上国に行き、その国が直面している貧困の分析や測定に関する問題を解決することです。ピンポイントで貧困地域を特定できれば、より効率的な政策を打ち出し、資金も効率的に使えますよね。そのためには貧困データが必要になりますが、貧困を測定すること、また国ではなく県や地域レベルで貧困を測定することは、意外に難しいんです。

貧困のデータは、情報を集めるだけで通常3〜5億円くらいかかり、それをもとに修士や博士号を持ち、訓練を受けた人が半年から1年程度かけて算出します。そのため、ある国の貧困レベルを理解するのには3年近くかかってしまい、途上国ではそれだけの資金と人的資本を用意するのは大変です。そこで人工知能や機械学習などのテクニックを使ったSWIFTを考案しました。SWIFTでは、機械学習によって貧困測定に必要なデータを収集するための質問の数を大幅に減らし、インタビューの時間も2~3時間から5分に短縮しました。機械学習で開発された計算式を使い、貧困のレベルを計算する解析も1分でできてしまいます。

世界的な危機で貧困層が豊かになっていた?

貧困データをより廉価で集められるようになると、途上国でも10年に一度ではなく、毎年貧困を測定できるようになります。そうすると、世界恐慌があった時に、どのくらいの人がどのくらい貧しくなったのか、どのような対策がとられたのかという情報を集めることができ、次の危機が起きた時にはより良く対応できます。

今まではデータがなく、世界恐慌は途上国にも悪い影響を及ぼしているだろうと推測されていました。ところが、たまたまデータのあったバングラデシュを見てみると、実は世界危機の影響で世界的に安い衣料へのニーズが高まり、それらを輸出していたバングラデシュはむしろ豊かになったことがわかりました。また2009年の食糧危機後には米の値段が上がり、これも米を作っていたバングラデシュの農村の貧困レベルを下げることになっていたのです。これらは、データや証拠がなければわからないんです。数年後ではなく、数カ月のタイムラグでそういった情報を集めることができれば、有効な情報が政府や開発パートナーに届き、本当に危機のあおりを受けた人たちに対策を講じることができます。そのため我々はSWIFTの費用を更に下げ、より迅速に各国政府に情報を渡せるようにスピードを上げる努力をしています。

バングラデシュでの貧困分布マップ作成から資金配分へ

The World Bank
2019年6月、世界銀行東京事務所で開催された「貧困撲滅と繁栄の共有の促進の進捗状況とモニタリング手法」セミナーにて
仕事をしていて一番嬉しかったのは、バングラデシュで仕事をした時ですね。統計局の人たちが世界銀行のツールやアプローチを使い統計やエビデンスを作ることに興味を持ってくれるか自信がなかったのですが、研修中に測定の仕方などを真摯になって伝えていると、だんだん人が集まってくるようになり、帰宅時間になっても、研修を最後までやってくれと言って帰らないんです。最初は小さなグループがだんだん大きくなって、テクニックを使える人が増えました。

国レベルではなく都市や村レベルで貧困を測定できるようにして、貧困分布マップを作って統計局の人とイベントを開いたところ、計画を担当する部署の大臣が気に入ってくれて、「すべての政府機関は、この貧困分布マップを使って資金配分すべきだ」と言ってくれたんです。その大臣が住民からとても尊敬されていたこともあり、地元の新聞の一面に貧困分布マップが紹介されると同時に、政府の全部局に配布され、そのマップを元に資金配分が実際に始まりました。市役所や村役場の人たちが、統計の出し方を議論するようになり、テクニカルで公平な議論を経て透明性のある方法で資金配分がされるようになりました。彼らが本当に真剣に考えてくれているんだとわかり、嬉しくなりました。今でもその貧困分布マップは5年に1回程度更新され、それに応じて資金配分が行われています。

メンターを探して学び、自分のスタイルで競争せよ

世界銀行には内部の競争メカニズムがあり、競争を促すところがあります。世界銀行内部、また貧困・平等グローバルプラクティスの中でも、私はこんなアイデアがあると若手からシニアまでみんな競争して、その中から残るものが出てきます。だからSWIFTにも対抗する人はいくらでもいて、そういう人たちと競争しながら、切磋琢磨しています。でもいつも勝つわけではないので、苦い思いをすることもあり、やはり大変です。

最初のうちは、自己主張ができない、英語がうまく話せない、書けないと、日本人であることが不利であることのように思えることが多かったです。しかし、ある時、日本人の副総裁の方が「誰かの真似をするのではなく、あなたのスタイルを磨くことによって競争すべきだ」と仰ったんです。自分にできることと自分が興味を持っていることを徹底的に磨くこと、つまり私の場合は分析能力を高めることに力を費やすようになりました。

世界銀行には激しい競争があると同時に、メンターになってくれる人もたくさんいて、自分がどれだけ心を開くかによって、目に見えない機会が見えてくるようになります。私は上司が一切妥協しない人だったので、議論する力や分析能力を徹底的に鍛えられました。分析ツールを特に理由もなく使ったりしていると、「お前のやってることは間違っている。すぐにやめろ。今この国に何が必要かを徹底的に理解すべきだ。本も論文も読んでデータも見ろ。」と、厳しく言うんですね。でもものすごく怒られて仕方なくやっているうちに、その国に使える特別な分析方法が見つかって、「スリランカの首都ではある問題で困っている人々がいて、この問題を解決するにはこのような方法があります」と言えるようになると喜ばれるし、無味乾燥なデータと違って人間が見えてくるようになります。真摯に学びたいという態度があれば、私のメンターのように色々教えてくれる人がいるんですね。がむしゃらに頑張るのではなく、様々な人から学びながら自分の目指すべき方向性をはっきりさせて、そこで全力を尽くすと、やはり伸びます。

日本人であることは強みになる

The World Bank

ある程度プレゼンや議論ができるようになってくると、むしろ日本人であることを有利だと感じることが増えました。日本人は相手の気持ちを尊重しながら話をしたり、自然に行間を読んだりできます。相手の人がどういう気持ちでこちらの話を聞いているのだろうか、と細かく気を配る癖がついています。議論もきちんとできるようになってきたうえで、そういう情報が頭に入ってくると、よりきめ細かな対応ができるんですね。それが武器になります。私は、相手を尊重して、話をする相手と完全に分かり合えるまで徹底的に話をします。時間はかかるのですが、絆や信頼がだんだん育ってきて、相手も真剣に動いてもくれます。

エビデンスをもとに政策を立案するシステム作りが重要

SWIFTのようなツールを使って、本当にエビデンスをもとにして政策を打ち出していくということは、まだほとんどできていないのが実情です。今後3~5年は、そうしたツールとエビデンスを使った政策の立案やモニタリングのシステム作りを全力でやりたいです。日本でもそうしたエビデンスをもとに政策を立案しようとする動きがあるので、そのような人たちからもどんどん学びたいし、途上国だけではなく先進国、特に日本でも、自分が学んだことがどう役に立つのか、見てみたいと思います。

リーダーシップを学んでほしい

自分の得意な分野を活かして途上国で困っている人を助けたいという意志の強い人であれば、世界銀行はとても良いところだと思います。世界銀行では、エコノミストでも、職員やコンサルタントのグループを率いて途上国政府のカウンターパートとの対話を行うタスクチームリーダーになることが求められているんです。日本人はチームワークには長けていますが、強いリーダーシップを発揮するのは苦手な人も多いので、世界銀行で働くことに興味のある若い方たちには、ぜひリーダーシップを学んできてほしいですね。そして、指導してくれる人を見つけ、同僚や相手国政府のカウンターパートから学ぶことも大切です。最後に、異文化を正しく理解すること。様々な国の人たちと一緒に働くので、日本人とは違う振る舞いを見て驚くこともあるかもしれませんが、ポジティブに理解しようと心がけてください。そして、周りの人に対して、明るく話しかけやすい態度でいてくださいね。

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