1997年以降の世銀グループの支援に対する評価
概要
ミレニアム開発目標(MDGs)の採択、そして特に低所得国に対する開発援助の水準やドナーの大幅な増加により、保健分野におけるグローバルな援助構造は過去10年で大きく変貌を遂げた。この間、世界の途上地域で乳児の生存・栄養阻害等、保健分野の主要な指標に改善が見られる一方で、途上国の4分の3近くは、5歳未満児の死亡率削減というミレニアム開発目標の達成軌道から、程度の差はあれ外れている。妊産婦死亡率は、目標達成に必要なペースの5分の1に当たる年間1%しか減少していない。
妊産婦の死亡率が高く、栄養不良が深刻なアフリカや南アジアでは、国や地域によってミレニアム開発目標の進捗状況に大きなばらつきがある。感染症の罹患率や死亡率、非伝染性疾病の割合の悪化、栄養不良の蔓延、高い出生率は、妊産婦死亡率や母子の健康状態悪化、貧困をもたらすが、状況改善には大きな課題がいくつも残っている。
世界銀行グループでは保健・栄養・人口(HNP)分野の支援を1997年から続けており、世銀による国レベルの支援は総額170億ドル、国際金融公社(IFC)による保健・医薬関連の民間への投資は総額8億7300万ドルに達している。世界銀行グループは国レベルの支援にとどまらずHNP分野で30以上の国際的パートナーシップにも参画しており、間接的にも各国に恩恵をもたらしている。本報告書は、世銀グループが途上国を対象に1997年から進めているHNP分野の直接支援の有効性を評価するもので、その教訓は、新たな援助構造における支援の効果向上に役立てられる。
世界的にみたHNP支援に占める世銀グループ資金の割合は10年前に比べ減少しているものの、途上国の特に貧困層に対する取組みを強化できるのであれば、世銀グループが付加価値をもたらす力は今なお大きい。世界銀行は、融資、分析、政策対話といった国家レベルの支援を通じて、同セクターにおける政府の管理能力を強化してきた。他のドナーが政府の各種制度への依存度を高めていることを考えれば、これは援助効果を向上する上で極めて重要な取組みである。
世界銀行によるHNP融資の約3分の2は、困難な状況下であっても満足できる結果を出してきたが、残り3分の1は必ずしも良い結果を出していない。その原因として、アフリカでの取組みや中所得国の保健改革支援をはじめHNP分野の業務が複雑化していること、リスクのアセスメントや緩和が十分でないこと、そしてモニタリングや評価が十分でないことが挙げられる。
当初軟調だった保健分野におけるIFCの投資はその後大きく改善したものの、採算性を確保しつつ貧困層に幅広い便益をもたらす諸活動への投資は依然として不足している。こうしたプロジェクトの結果についての説明責任、つまり世銀やIFCの資金によるプロジェクトの結果が実際に貧困層まで及ぶようにし、水の供給・衛生・運輸といった保健以外の分野における世銀のプロジェクトによる保健分野への恩恵を明らかにするという説明責任は、必ずしもきちんと果たされてこなかった。
世銀グループが保健セクターや、貧困層のHNP分野で成果を高めるという目標を達成するには、5つの領域((1)ポートフォリオのパフォーマンス向上に向けた取組み強化、(2)高い出生率や栄養不良の改善に一層注目し貧困層のために結果を出すというコミットメントの再確認、(3)各国の保健制度の効率化強化に向けた能力構築、(4)HNP分野の成果に対する他セクターの貢献拡大、(5)評価促進による成果重視の課題実現とガバナンス強化)に取り組む必要がある。そうすることにより世銀グループは、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成に寄与するだけでなく、貧困層が恩恵を受け、その恩恵が確実に持続されるよう貢献することになる。
世界銀行グループは1990年代後半には途上国への最大のHNP資金供給源であったが、その後、新たなドナーや援助機関が登場し、HNP分野向けの開発援助は1997~1998年の平均67億ドルから2006年には約160億ドルへと、倍以上に増えている。国際社会がミレニアム開発目標(MDGs)に代表されるグローバルな開発目標をいくつも採択する中、援助効果、結果重視、ドナーの調和化、協調、途上国のリーダーシップが新たに注目され、2005年の「援助効果向上に関するパリ宣言」と2008年の「アクラ行動計画」に反映されている。
世界銀行は、いまや国際的なHNPの中で数多く存在する主要プレーヤーの一つに過ぎない。全体に占める援助資金の比率は、1990年代の18%から現在は約6%に低下しており、新しい援助構造における比較優位について再評価が行なわれている。同時に、途上国の保健分野で民間セクターのさらなる関与が求められるようになったことで、IFCが支援を提供する新たな機会が生まれている。
HNP分野に対する相対的な貢献度は以前より低下しているものの、世界銀行グループのコミットメントは依然として大規模である。1997年以来、世界銀行(国際復興開発銀行と国際開発協会)は、120か国以上で605のHNPプロジェクトに対し170億ドル近くの拠出を誓約し、分析業務の資金支援および政策助言を提供してきた。こうした支援は、健康・栄養状態の改善、高い出生率の抑制、保健制度のアクセス・品質・効率性・公平性の向上、保健資金調達の変更を通じた保健財政の変革、健康保険の支援、分権化、民間部門の関与などの構造改革を通じた医療制度の改革、そして制度面の能力やセクター管理強化を目指している。さらに世銀は、保健分野におけるグローバルなパートナーシップへの参画を大幅に拡大した。2007年の時点で、19の国際的なパートナーシップに財政面で参加し、更にその他の方法を通じて15のパートナーシップに関与していた。
IFCは 途上国の保健・医薬セクターにおける68件の民間投資プロジェクトに総額8億7300万ドルの出資を誓約し、官民パートナーシップの支援をはじめ民間部門に対する保健分野の助言サービスを提供してきた。
世界銀行が2007年に打ち出した戦略「健全なる開発:世界銀行による保健、栄養、人口戦略-成果を上げるために」が特に目指しているのは、HNP分野の平均的結果および貧困層を中心とする結果の向上、疾病に起因する貧困の予防、保健制度のパフォーマンス改善、HNPセクターにおけるガバナンス・説明責任・透明性の強化である。同戦略では、世銀がこうした目標を達成するための戦略的方向性や行動を以下の通り提示している。
- HNP分野の結果の一層の重視
- 保健制度のパフォーマンス向上を図る国々を支援し、特に低所得国における優先的疾病対応との相乗効果に向けた取組みを促進
- HNP分野の結果向上に向けたセクター横断的アプローチについて助言を行う世銀の能力強化
2002年のIFC保健戦略は、同セクターの最終目標を、保健分野の結果を改善し、健康障害による貧困から人々を守り、各種医療サービスのパフォーマンスを強化することと定義している。この戦略はビジネスと開発の両面の目標として、保健セクターの効率化や革新などを掲げている。また、IFCの投資による社会的影響の拡大も広く訴えている。
評価の領域
本評価は、世界銀行及びIFCの最新HNP戦略の実施状況を周知し、将来の支援効果を高めることを目指している。評価期間は1997年度以降とし、書類によるポートフォリオの審査、背景調査、現地視察に基づいている。世界銀行のHNP支援に対する評価は、国レベルの政策対話・分析作業・融資を重点対象とし、IFC によるHNP支援の評価は2002年保健戦略の前後に保健分野で実施した投資や助言サービスのパフォーマンスに焦点を合わせている。対象テーマは、前述の2つの戦略、ならびに過去10年に国際ドナーが採択したアプローチを参考にしている。IEGは、既に世銀のHNP支援を様々な角度から評価しているが、保健セクターに対するIFCの支援が詳しく評価されたことはこれまでにない。
世銀のHNP分野における公共セクター向け支援
過去10年間、世界銀行は融資及び非融資業務を通じて、各国におけるHNP分野の取組みを直接支援してきた。最大の融資源は世銀のHNPセクターユニット内で管理する各種プロジェクト(255件のプロジェクトに対し115億ドル)であり、HNPセクターの管理下にあるプロジェクトのほとんどが投融資である。この他、他のセクターが管理する約50億ドルも、HNPの成果につながる融資である。非融資業務では、世銀は2000年度以降、信託基金と自己予算から4300万ドルをHNP関連の経済・セクター調査(ESW)に投じている。 また、HNP専門職員の人数を25%増員し、HNP職員に占める保健専門家の割合も同様に増員した。
世界銀行の役割
新たな国際援助構造下での国単位の開発援助に占める世界銀行の資金の比率は減少しているものの、世銀には引き続き付加価値をもたらす大きな潜在性がある。ただし、支援の価値は状況によって異なり、各国が結果を出せるよう世銀がどこまで支援できるかにかかっている。世界銀行は、これまでに培った知見を活かし各国の保健制度がより効果的に機能するように、そして保健分野の恩恵が確実に貧困層に届くよう支援している。具体的には、HNPセクターへの長期的かつ持続的な関与、世界各国での経験、各国のプログラム実行能力構築を支援してきた実績、大規模かつ持続的な融資、財務当局との太いパイプ、そしてHNP分野の成果に貢献できる可能性をもつ保健以外の多様なセクターとの関連である。各国における世銀の比較優位は、その国の人々の健康状態、政府の優先事項や財源、さらに他の開発パートナーの活動など、状況によって異なる。世銀がこうした比較優位を実現するには、国レベルの支援のパフォーマンスを向上する必要がある。
世銀支援の変遷と実績
HNPプロジェクト承認の水準にあまり変わりはないが、ポートフォリオの構成には大きな変化が見られる。HNPセクターの管理下にあるプロジェクトの承認件数は年々ゆるやかに増加したが、新規コミットメントは減少した。この10年で感染症プロジェクトの比率は倍増し、特に過去5年では承認プロジェクトの約40%に達した。セクター横断的なプロジェクトの比率も倍増し、全承認の半数に達している。アフリカ地域のプロジェクトがHNP 融資ポートフォリオに占める割合も拡大した。こうした3つの傾向は、主として後天性免疫不全性症候群(エイズ)に対するセクター横断的なプロジェクトの増加によるものである。保健分野のセクター・ワイド・アプローチ(SWAps)を支えるプロジェクトは累計で全28件(22か国)に上り、プロジェクト・ポートフォリオの約13%に達した。一方で、保健制度改革を目的とした融資の比率は半分近く減少した。
人口や栄養不良に対する関心は薄れてきており、人口分野への支援はほぼ消滅しつつある。かつては10件に1件前後の割合で、貧困層に深刻な影響をもたらす栄養不良の改善を目的とするプロジェクトが存在したが、栄養関連プロジェクトの比率はこの10年で半減した。栄養関連プロジェクトの3分の2は、子供の成長阻害が顕著な国々で進められていたが、世銀による支援は成長阻害が深刻な途上国全体.のわずか約4分の1しかカバーしていない。高い出生率を抑え、家族計画の普及を図るための融資は、融資ポートフォリオのわずか4%に過ぎず、こうしたサポートの必要性がなおも高かった過去10年の後半には、前半と比べ3分の2の減少を見た。人口関連の支援は、出生率が高水準(女性1人当たり5人以上出産)であると世銀が判断した35か国のうちわずか4分の1ほどである。人口対策や家族計画を支援するための分析作業や人員配置もわずかである。貧困層にとって人口や栄養は切実な問題だが、これらの問題に関する実質的な分析は貧困アセスメントにおいてもほとんど行われていない。
HNPプロジェクトの3分の2は満足な結果を出しているが、ポートフォリオ・パフォーマンスは滞っている。本評価では、現地でのアセスメントを基にいくつかの成功例を取り上げている。例えば、エリトリアのマラリア対策、エジプト・アラブ共和国の住血吸虫症対策、マラウィのパイロット地域における避妊具の利用促進、キルギス共和国の保健制度改革に対する支援は優れた結果を出した。しかし、HNP融資ポートフォリオの約3分の1は振るわず、他のセクターのパフォーマンスが向上しているのに対し、この比率は今も変わっていない。特に、アフリカ地域でのHNP支援実績が低迷しており、満足の行く結果を出しているプロジェクトは4件に1件のみだった。セクター横断的なプロジェクトやSWApsのように複雑なプロジェクトは、体制が整っていない環境下においてはHNP分野の目標達成が難しい。一方で、中所得国の保健改革プロジェクトも、複雑な上に政治に左右され、それほどの実績が上がらなかった。
実績を上げるのが困難なプロジェクトにはいくつかの共通点がある。リスク分析やテクニカル・デザインに不備があり、監視が甘く、政治面・制度面の分析が不十分で、現実的なターゲット設定のベースとなる基礎データが不足し、現地の能力に対して設計が複雑すぎる上、モニタリングや評価がおろそかになっている。こうした問題は、1999年に独立評価グループ(IEG)がHNPセクターについて行った評価で指摘した点にも通じる。インドのHNPプロジェクトに関する最新の詳細実施レビュー(DIR)結果から分かるように、目的を達成したプロジェクトにおいても、公共事業や装備が順調に機能するよう現場での監視体制を強化する必要がある。
保健プロジェクトの結果を明確に示す、貧困層に対する説明責任がきちんと果たされていない。貧困層の健康状態改善は、2007年のHNP戦略で掲げられた主要目標のひとつである。公共支出に関する複数の調査によれば、ほとんどの国では公衆衛生向け支出は貧困層以外に流れており、サービスを拡充するだけでは貧困層によるアクセスを非貧困層よりも高めることは難しい。多くのプロジェクトは、(農村部を含む)貧困率が高い地域に的を絞りHNP分野の支援を行ったり、関連サービスを提供したり、貧困層特有問題解消が図られたりしたが、貧困層の健康・栄養状態改善を目標として掲げ、最終的にこの目標に対する説明責任を全うしたのは全HNPプロジェクトのわずか6%に過ぎなかった。(母子保健など)健康状態全般の改善を目的とするプロジェクトの3分の1は、貧困層に働きかけるための対象絞り込みメカニズムを備えていなかった。貧困層のHNP結果向上を目指した完了済みプロジェクトでも、その多くにおいて、プロジェクト実施エリアにおける平均的なHNP状態の変化が見られた。一方、貧困層(プロジェクトの対象となる貧困地域もしくは個人)が非貧困層やプロジェクト対象外の地域に住む人々に比べて恩恵を受けているかどうかを実際に評価したケースは極めて少なく、貧困層が他よりもかなり恩恵を受けたことを示すケースはさらに少ない。中には、HNP状態の改善の度合いを国家レベルでしか評価しなかったケースもある。
世銀は過去10年間に、HNPや貧困に関していくつかの分析成果を発表し、注目を集めた。その代表的なものが「貧困層のための保健・栄養・人口サービス」プロジェクトと「世界開発報告2004:貧困層向けにサービスを機能させる」である。それでも、国家レベルの貧困アセスメントのうち、保健分野を本格的に取り上げるものの割合は減少しており、2000~2003年度の80%から2004~2006年度にはわずか58%まで低下した。人口問題について実質的に検討した貧困アセスメントは全体の7%に過ぎず、栄養問題を本格的に検討したケースは28%から12%へと半分以下となった。HNP分野に関する世銀の分析作業(ESWや調査)の約4分の1から3分の1は貧困に関するものだが、この比率も1997年以降の10年間でやはり減少している。
モニタリングについては改善された面もあるが、全体としてはまだ不十分である。評価はほとんど行われておらず、HNP戦略の結果志向やガバナンス強化に向けたコミットメントの一つの課題となっている。1997年以降、プロジェクト承認の際にモニタリング指標や基礎データを採用するプロジェクトが増えてきている。しかし、3分の1近くのプロジェクトが試験的にプログラムを実施し特定の活動やプログラムの影響を評価しようとする一方で、プロジェクト承認文書で評価手法を取り入れた例はあまり見られず、実際に評価が行われたケースはさらに少ない。試験的プロジェクトやコンポーネントでプロジェクト承認文書に評価手法が記載されていなければ、評価は実施されていない。モニタリングや評価が甘く基礎データが欠如していると、目的が的外れになる、プロジェクト設計が不適切になる、目標の設定が高すぎる、低すぎるなど非現実的なものとなる、活動の有効性の評価ができない、調査期間が限られるために効果や効率が低下する、といった影響が見られる。2007年のHNP戦略が成果やガバナンス強化を重視していることを考えれば、こうした調査結果は大きな懸念材料である。
HNP 分野の成果向上に向けたアプローチ
本評価では、HNP分野の結果を高めるためにこの10年間進められてきた3つの代表的なアプローチ――感染症対策、保健改革、セクター・ワイド・アプローチ(SWAps)――について、調査結果や教訓を審査した。これらのアプローチは世銀と国際社会の支持を得ており、互いに矛盾するものではない。例えばSWApsには、感染症対策や保健改革の要素が盛り込まれている。
感染症対策に対する支援は、貧困層に配慮した保健制度の改善につながるが、対外援助の使途を感染症に限定しすぎると、配分に偏りが生じ、それ以外の保健制度の機能を低下させてしまう恐れがある。2007年のHNP戦略が目指す戦略的方向性の一つとして、優先疾病への対応と保健制度強化との相乗効果の確保がある。感染症対策に投資する論拠は、感染症は特に貧困層に集中して悪影響を及ぼすことから感染症対策がもたらす正の外部性が期待され、さらに対応を講じることにより費用対効果が高まることがこれまでの例からも明らかだからである。この10年で、ポートフォリオ全体に占める感染症に特化したプロジェクトの割合は飛躍的に増え、世銀の支援は途上国の疾病対策能力を直接的に強化してきた。感染症対策支援(エイズ関連プロジェクトを除く)は、HNPポートフォリオにおける他のテーマより優れた結果を出している。HIV/エイズについては大規模な取組みが進められており、結核やマラリアと違って貧困層を集中的に直撃するとは限らないため、HIV/エイズ関連プログラムに対処する上では公平性と費用対効果が特に重要である。世銀が制度全体の改革やSWApsに対する支援を強化する中で、感染症対策の進展が依然として優先事項の一つだという点に注意が必要である。
2000年代初頭、世銀は感染症対策(主にエイズ対策)に対する支援を増加していったが、国際社会も世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)、米国大統領エイズ救済緊急計画(PEPFAR)等の二者間での資金提供や民間財団を通じて、財政支援を潤沢に拡大していった。HIV が蔓延する低所得国の中には、国際的なパートナーからのエイズに使途を限定した基金が、公衆衛生分野の資金全体の30~40%またはそれ以上を占めるところもある。 保健制度の人材が乏しい環境では、細心の注意を払って各種保健プログラムや予算に資源をバランス良く配分し、特定の疾病に莫大な資金が割り当てられることにより、他の保健制度の効率が低下したりケアが十分に行われない、といった状況を避けなければならない。しかし、ここ最近承認された世銀のHIV/エイズを初めとする優先疾病関連プロジェクトを見ると、資金提供の判断やリスク分析の際にこうした点が考慮された形跡はあまり見当たらない。
保健改革は効率性やガバナンスの強化につながるが、同時に政治的対立を引き起こすなど複雑なことが多く、比較的リスクが高い。保健制度改革は、保健制度の強化を目指す2007年のHNP戦略が定める重点課題である。HNPプロジェクトの約3分の1は、保健財政の変革や健康保険の整備、保健制度の分権化、民間保健セクターの規制や関与を通じて、保健制度の改革や再編を支援してきた。こうした目標は、短期的に健康状態を直接改善することがあまりないとしても、それ自体が有効な目標である効率性やガバナンスに影響を与える。健康保険の改革は、疾病による貧困の予防に役立つ。保健制度改革に対する世銀支援は主に、保健改革プロジェクトがポートフォリオの約半分を占める中所得国が対象である。
過去10年にわたる保健改革に対する支援の成功と隠された危険から、以下の通り、多くの教訓が得られている。
- 第一に、改革がもたらすであろう政治経済面の影響を十分に勘案せず対応計画の準備を行えば、成功の可能性を大幅に損なう可能性がある。政治的リスク、ステークホルダーの利害、そして複雑性というリスクは、いずれもこれまでの評価ケースでも重要と認められた点であるが、保健改革プロジェクトの承認文書におけるリスク分析では軽視されていることが多い。
- 第二に、入念な分析に基づく改革は成功する可能性が高いが、分析作業が成功を約束するわけではない。
- 第三に、改革に優先順位を付ければ、政治的な実現可能性を高め、複雑さを緩和し、適正な能力を確保し、学習を促すことができる。実施が滞った場合、世銀はペルーやキルギス共和国で行ったように、財務省を通じた補助的なプログラム的融資によって改革への弾みを後押しすることができる。
- 最後に、保健改革プロジェクトのモニタリングや評価を行うことは、試験的な改革の効果をアピールし政治的な支援を得る上で、極めて重要である。またそれは、情報システムの管理が正しく機能していなければ、多くの改革は成功しないことも意味している。
セクター・ワイド・アプローチ(SWAps)は、政府のリーダーシップ、キャパシティ、保健セクター内の調整、調和化を拡大する上で貢献してきたが、効率性や結果の向上には必ずしも寄与していない。SWApsは、政府や国際ドナーの連携(「アプローチ」)という形で国家レベルの保健目標(「プログラム」)の実現を支援する改革であり、保健制度の機構・機能・持続可能性を向上させるという2007年のHNP戦略を支援している。このアプローチは、共通の国家戦略や国のリーダーシップ、各パートナーの比較優位に基づく調和化や連携、合同モニタリング、現地システムの開発や活用、そして多くの場合、ドナー・政府資金のプールに関するコンセンサスを推進する。これによる恩恵としては、保健支援管理のための国のセクター別リーダーシップや能力の拡大、全パートナーからのインプットの調整・管理の強化、取引コストの削減、開発援助の有効利用、保健セクター向け支援の信頼性向上、保健プログラムの持続可能性拡大などが見込まれる。
世銀によるSWApsへの支援は、こうしたアプローチの企画・実施に大きな力を注いできた。フィールドワークで明らかなように、セクター別の企画、予算、信託システムといった分野の国家能力は強化されているが、国のモニタリング・評価システムの設計や活用はまだ不十分である。このアプローチが効率性を高め、取引コストを削減してきたという証拠が不十分なのは、いずれもモニタリングされていないからである。過去の経験から分かるように、このアプローチを採用しても政府の保健プログラムの実施や有効性が改善するとは限らない。保健分野のSWApsを支援した世銀プロジェクトのうち、保健分野の目標を満足できるレベルで達成したのはわずか3分の1だった。SWApsは、政府の実施能力を超えた複雑な改革や活動が数多く関わる極めて野心的なプログラムを支援することが多い。プログラムを現実的なものとし、優先順位を付ける必要があること、SWAp を立ち上げる際には関係者が保健制度全体の実施と有効性への配慮を怠らず、成果に注目するよう注意を払う必要があることが重要な教訓だ。SWApsは、(キルギス共和国のケースのように)優先順位をはっきりさせた政府主導の戦略に基づき、その国の政府自身がリーダーシップを発揮して保健プログラムの目標を追求する場合、最も効果を発揮する。そうでない場合、優先順位が曖昧なままに保健プログラムが実施され、様々なパートナーの考えに振り回されるため、(ガーナのケースのように)有効性が低くなるというリスクがある。
他セクターのHNP分野の成果に対する貢献についての報告はほとんど見られない。セクター間の調整やセクター横断的なアプローチについては、複雑さが増していることを踏まえて、メリットとコストのバランスをとる必要がある。保健分野のミレニアム開発目標(MDGs)を達成するには、保健以外のセクターによる補完的な対応、つまり2007年のHNP戦略で明確に提案されたような活動が求められるだろう。セクター横断的なHNPプロジェクト(HNP分野の結果を向上するという目標に向けた単独のプロジェクトに複数のセクターを関与させるプロジェクト)や、他セクターの管理下にあるプロジェクト(明確な保健目標のある場合もある)での並行融資を通じて、他セクターによるHNP分野の成果への貢献は確認されている。セクター横断的なHNP案件は、HNP融資全体の4分の1から半分に増加し、ポートフォリオが大きく複雑化している。主にセクター横断的なエイズ関連プロジェクトでその傾向が強い。関与するセクターが多い、各セクターの役割や責任がプロジェクト設計文書に明記されていない、比較的新しい組織が運営を担う等の各種要因が相まって、アフリカでの実績に悪影響をもたらし、ひいてはセクター横断的なエイズ関連プロジェクト全体の成果が損なわれている。セクター横断的なHNPプロジェクトでも実施機関が少ない場合は、セクター間の緊密な連携が維持され、優れた結果が出ている。
1997年以来、世銀は、社会的保護、教育、公共部門管理、水、運輸といった他セクターが管理する350件のプロジェクトの中に含まれる、小規模なHNPコンポーネントに対して総額約50億ドルを投資してきた。2007年のHNP戦略とその一つ前の戦略では、国別援助戦略(CAS)がセクター間の調整ツールの役目を果たしHNP分野の結果向上に役立つとされていたが、この10年間に必ずしもそうはなっていない。水と衛生、教育をはじめとする様々なセクターにおける融資業務は、その大半が個別に進められ、HNP案件とも関係なく推進されている。だからと言って、こうした活動が保健分野の結果に全く寄与しなかったわけではない。
他セクターの融資プログラムが、保健分野の目標やコンポーネントをプロジェクトに盛り込むことなどで、HNP分野の結果に直接的・間接的に寄与する場合がある。例えば、水と衛生プロジェクトの半数は保健分野に恩恵をもたらすとされており、10件に1件は保健分野の結果向上という目標を掲げている。ただし、保健分野の目標を盛り込んだ水と衛生プロジェクトは5~10年前より減少している。2002~2006年度の水と衛生プロジェクトのうち、健康の改善を目標の一つに掲げ、この目標に対して説明責任を果たした取組みは20件に1件しかなかった。水と衛生を担当するスタッフへの聞き取り調査によると、同セクターは「彼らの」ミレニアム開発目標、すなわち「安全な水へのアクセス向上」に注力してきたようだ。しかしながら事情は個々に異なるようであり、安全な水へのアクセスを改善しても、必ずしも健康状態の改善につながるとは限らない。他方、運輸プロジェクトにおける保健分野の取組みは、交通安全やHIV/エイズ予防を中心に著しく増加した。事故統計の動向は交通安全コンポーネント向けに比較的きちんと解説されているが、HIV/エイズ・コンポーネントの成果物や結果に関する報告はほとんどない。
保健分野のコンポーネントや目標を盛り込んだ水と衛生プロジェクトや運輸プロジェクトが、(ネパールの農村水道・衛生事業のように)保健省や世銀のHNPセクターと連携したケースはあまり見られない。プロジェクト承認文書で保健分野の目的が明記されている場合を除き、水と衛生、運輸を含む他のセクターにおける保健関連の結果は芳しくない。進行中のプロジェクトに保健関連の活動が後から組み込まれたケースでは、実質的な成果は報告されていない。
民間保健セクターの開発に対するIFCの支援
IFCが行う保健分野の支出は、低所得国で約4分の3、中所得国で半分が民間向けであり、貧困層の民間保健支出の半分は医薬品である。IFCは保健分野の民間投資への支援を戦略的優先事項の一つと位置づけている。保健は、IFCプロジェクトにおいて比較的小規模かつ新しいセクターであり、保健・教育および製造(医薬品)という2部門の活動が関わっている。
保健分野、特に医療機関に対するIFCの投資パフォーマンスは、幾多の教訓を経て大幅に改善した。1999年以前、保健投資の5分の4は振るわず、失敗に終わったプロジェクトの大部分が財務損失をもたらした。失敗の原因としては、東アジア地域に限っては金融危機の影響、規制当局からの認可取得の遅延、IFCの保健分野での経験不足による案件の選別・組み立て能力の弱さなどがあげられるが、こうした経験は医療機関への投資に関する重要な教訓をもたらした。最近の投資は高い収益を実現し、意図した開発結果を達成するに至っている。IFCのアドバイザリー・サービスの評価枠組みはごく最近スタートしたばかりで、保健プロジェクトの評価実績はほとんどなく、その成果を基にポートフォリオ全体のパフォーマンスを類推するべきではないが、評価の対象となった保健分野の数少ないアドバイザリー・サービス・プロジェクトの実績は、IFCのポートフォリオ全体を下回っている。
IFCの保健ポートフォリオ多様化は、予想されたほど速やかには進んでいない。2002年、保健セクターは、医療機関以外にもポートフォリオを拡大してIFC保健プロジェクトの社会的影響を拡大するという目標を設定した。民間医療機関への出資を続ける一方で、医薬品をはじめとするライフサイエンス分野への投資比率が拡大してきたが、そのスピードは戦略での想定を下回った。IFCは保健分野の官民パートナーシップにも出資し、アフリカを重点対象として保健アドバイザリー・サービスを拡大してきた。投資の件数と金額は2005年以降増加しているが、健康保険事業への出資ではこれまで成功した例がなく、医学教育プロジェクトへの投資実績は1件しかない。
IFCの保健分野における取り組みが与える社会的影響は限定的だが、拡大努力を続けている。医療機関に対するIFCの投資は、中所得・高所得国に焦点をあててきた。IFCが支援する医療機関が様々な人々の保健ニーズに応えるためには、公的保険制度との結びつきが必要となる。イエメンで行われた最貧困層のための妊婦の健康管理の改善を目的とした成果ベースの支援プロジェクトのように、世界銀行と連携した官民パートナーシップの支援を拡大し、ケニアやインドで最近実施された社会的事業支援の取組みのように、アドバイザリー・サービスをより戦略的に展開すれば、保健セクターに対する投資の社会的影響を拡大することができる。こうした投資案件は最近始まったばかりであり評価対象となるには時期早尚である。
IFCによる最近の保健プロジェクトは、効率性・ガバナンス・価格妥当性の面で良い結果を出している。IFCが支援するプロジェクトのいくつかは最新の設備を備えており、先進国の優秀な専門家を惹き付けてきた。IFC が支援する医療機関の多くは、医師の院外診療に対する管理体制を可能にする投資が行われている。また、IFCが支援する医薬プロジェクトの大部分は、ジェネリック医薬品の価格を大幅に低減することで価格妥当性の向上に貢献している。
民間医療への投資を通じて保健セクターの効率化を目指すため、IFCと世界銀行の両方の戦略で、IFCによる世銀のHNP部門との緊密な連携が重視されている。本評価では、中所得国を中心とした世銀とIFCの連携が明らかになった。しかし、ある国では、世銀グループによるHNPセクター全体の規模と比べIFCの保健関連活動はあまりに小規模であり、両者の連携の実現例は存在しない。
提言
世界銀行とIFCに対する以下の提言のねらいは、各々のHNP戦略の実施を強化し、貧困を削減するという使命を推進し、新たな援助構造の下で経済成長を促進することにある。
1. 保健・栄養・人口分野における世界銀行の支援実績を向上するための取組み強化
- 国の能力に応じてプロジェクトを設計し、特にアフリカなど能力が乏しい国に対しては支援の複雑さの緩和
- HNP支援策と戦略の各種リスク(特に政治的リスクやステークホルダーのインセンティブ)を緩和するための慎重かつ徹底的な評価
- 案件の成功の可能性を高めるための保健制度改革の段階的実施
- より現実的なプロジェクト設計に役立てるための徹底的な制度分析の実施
- 土木工事、設備、その他のプロジェクト計画が規定通りに実施され、機能し、維持されるための世銀と借入国による現地での監視強化に向けた支援
2. 貧困層を対象とする保健・栄養・人口分野の成果に対するコミットメントの確認
世界銀行への提言:
- 人口や家族計画等への支援を強化し、高い出生率を抑制
- プロジェクトの目標に貧困対策を設定
- HNP又はその他のセクターにかかわらず、貧困層の栄養不良改善のための支援を強化
- 貧困層における保健・栄養・人口分野の成果のモニタリング
- 貧困アセスメントにおける貧困層の健康や栄養、ならびに高い出生率、健康不良、貧困との関連性に関する事項の設定
IFCへの提言:
- 貧困層の健康状態改善に向け、安価なジェネリック医薬品や低コスト技術への投資を拡大するなど、革新的なアプローチや実行可能なビジネスモデルへの支援強化、民間部門のソリューションによる貧困層の健康改善
- 同セクターの社会的影響の拡大に向けた内外の制約評価
3. 各国の保健制度の効率化を支援するための世銀グループの能力強化
世界銀行への提言:
- 世銀支援の効率性目標、そして効率性の向上・モニタリング手段のより明確な定義
- 他のドナーが特定の疾病について多額の資金を拠出しており、さらに資金を充当すれば保健医療制度に偏りが生じる恐れがある国では、個別の感染症対策プログラムに対する出資判断を慎重に評価
- 保健情報システムの強化、より頻繁かつ徹底した改革評価の支援
IFCへの提言:
- 政府や業界向けのアドバイザリー・サービスや投資を通じた官民パートナーシップ支援による健康保険に対する投資拡大
- 世界銀行との連携や共同セクター業務の強化、保健規制枠組みに関する世銀のセクター関与のレバレッジ効果を呼び水とした新たな民間アクターの参画、保健分野への民間部門参入と世銀の政策対話とのより組織的な調整
4. 保健・栄養・人口分野の成果に対する他セクターの貢献の拡大
世界銀行への提言:
- 費用対効果が高く潜在的に大きな成果が見込まれる場合、保健以外の関連プロジェクトに保健分野の目標を盛り込み、これについて説明責任を持つ。
- 保健セクターと他セクター(特に水と衛生セクター)との間で投資事業の相補性を高め、保健・栄養・人口の成果を実現
- セクター横断的なHNPプロジェクトでは各セクターの取り組みを優先し、複雑さを緩和
- 世銀職員がセクター横断的な取り組みを行うための新たなインセンティブを見極め、保健・栄養・人口の成果を向上
- 進行中のプロジェクトに後から組み込まれたHNPコンポーネントの実施状況と結果の正確な記録・評価のための仕組みの整備
IFCへの提言:
- 保健を担当するIFC各部門間の保健問題への統合的なアプロ―チを実現するため、様々なインセンティブや仕組みのほか、IFC内の保健への取組みに向けた体制を改善
5. 評価への投資やインセンティブの強化による成果重視のアジェンダの実現とガバナンスの強化
世界銀行への提言:
- プロジェクト承認プロセスや中間レビューの際に、世銀と借入国によるモニタリング・評価のための新たなインセンティブを設定。その一環として、基礎データ、プロジェクト承認文書における試験的活動の評価手法、管理手段としての主要なプロジェクト活動の定期的評価の義務付け
IFCへの提言:
- 結果志向の強化に向けた、明確に規定された基礎指標、ならびに保健セクターにおけるIFCの目標と結果を十分に評価する評価フレームワークの整備