国際開発ジャーナル2019年12月号より転載
開発協力の“DNA”に
世銀はロードマップを策定
世界銀行 グローバル障害アドバイザー
シャーロット・マクレイン=ンハラポ氏
国際機関の中でいち早く「障害と開発」分野に取り組んできた世界銀行。昨年、組織全体で取り組みを強化するためのロードマップを策定した。現在この動きを主導している世銀のグローバル障害アドバイザー、シャーロット・マクレイン=ンハラポ氏に、これからの開発協力における「障害と開発」分野の位置付けと今後の展望を聞いた。
福祉予算の増加など高まるリスク
世界における人口の少なくとも15%(約10億人)は、何らかの障害を持つ人々だという。彼らの多くは開発途上国に住んでおり、その数は高齢化や戦争・紛争、自然災害などによって今後も増加していくと予想される。そうした中で、障害者の社会や労働市場への参加が低い状況には大きなリスクが伴うようになっている。顕著なのが、政府の福祉予算の負担増だ。そのコストはGDPの3~7%にも及ぶと見られている。
障害者を包摂したインクルーシブな開発を進める上では、それを“追加的要素”としてではなく、すでに組み込まれている“DNA”として捉えていく必要がある。そうした動きはすでに見られており、「障害と開発」に関する課題への国際的な関心は高まっている。SDGsでも障害者の包摂を掲げた項目が盛り込まれた。
開発アジェンダの主流をなす概念の一つに「障害と開発」を位置付ける国際的な枠組みも、近年、増えている。例としては、2006年に採択された障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)や15年に日本の仙台で開催された第3回国連防災世界会議で採択された「仙台防災枠組2015-2030」がある。同会議では女性や若者、高齢者などと共に障害者を含むステークホルダーを政策の計画・実施に参加させることや、障害者のエンパワーメントの重要性が確認された。
これらの国際的枠組みが途上国の視線を引き付け、障害者を包摂した開発プロジェクトへの需要が拡大している。この動きは、必ずしも私たちが強く後押ししているのではなく、途上国自身のニーズが働いているのだ。
こうした潮流に伴い、開発協力の世界でも障害者の包摂を視野に入れた開発プロジェクトの形成などに取り組んでいくことが必要だ。世銀は過去20年以上にわたり、「障害と開発」分野に取り組んできた。私が2004年に入行した時にはすでに、障害者を考慮したプロジェクトの形成・実施を求める障害アドバイザーがいた。その配下には日本人職員もいた。
障害者の包摂を視野に入れるという考えが世銀の幹部にまで浸透するには時間がかかった。だが、上層部がその重要性を理解し、リーダーシップをとるようになってからは、この5年間で世銀の事業に障害者を包摂する取り組みは急増した。加えて、外部のパートナーからも障害者を包摂する取り組みの強化を求める声も強まっている。
セクター別ガイドラインも作成
そうした中で世銀は2018年、「Disability Inclusion andAccountability Framework (障害の包摂性・アカウンタビリティフレームワーク)」を発表した。これは、世銀がなぜ障害者の包摂に取り組むのか、なぜこれが世銀の二大目標である貧困撲滅と繁栄の共有に関連するのか、という方針を示した初の文書だ。障害者の包摂という視点を世銀の“DNA”として組み込んでいくためのロードマップであり、それに向けたセクター別の詳細なガイドラインも盛り込まれている。
枠組みの作成には2年の時間を要した。その理由は、障害者団体、事業に携わる政府や世銀スタッフとの広範な協議があったからだ。これはより大きな枠組みである新たな「環境・社会フレームワーク(ESF)」につながり、道路、歩道、建物、交通といったインフラへのアクセスを確保する方法(ユニバーサルアクセス)なども示した。水資源管理でもアクセスの考え方や設計など多岐にわたる。
世銀における社会分野の専門家と地域の特性に応じたトレーニングを行い、より具体的な助言に裏付けられているため、スタッフに問題を理解させる点で非常に有効だ。
一方、開発途上国に対する支援では、ESFを通じて、彼らの能力強化を推し進めていくつもりだ。例えば、ネパールでは障害のある子どもたちがいる学校の教師を支援する事業を進めている。このほか、ウルグアイでは観光ツアーや保健サービス、教育などへの障害者のアクセシビリティや、人口における障害児の割合などを見ている。各国の経済発展の段階に合わせ、障害包摂の社会的側面に焦点を当てた新しいパラダイムシフトを各国政府が理解するよう、協力することが重要だ。
こうした開発途上国では、全国レベルの障害者団体が自国の政府に働きかけ、圧力をかけることもある。障害者は今やその国の政府に対して交渉力を持ちつつある。また、障害包摂の推進力は障害者以外の人々からも出ている。障害者と代弁者が共に動いているのは非常に良いことだ。
日本含めた他ドナーとも連携
日本政府は世銀とのパートナーシップ関係に基づき、「日本開発政策・人材育成基金(PHRD)」や「日本社会開発基金(JSDF)」に資金を拠出し、コミュニティーの一体性、強靭性、障害者の包摂に関する多くの画期的事業を支援してくれた。
国際協力機構(JICA)とも緊密に連携してきた。JICAは長年にわたり、障害を持つアフリカの指導者に研修機会を提供するなど貢献してきた。現在は、ベトナムでも日本が支援しているろう者向け教育事業がある。日本の支援によって多くの先駆的な事業が可能になった。
私は2002年、札幌で開かれた国際NGOの障害者インターナショナル(DPI)の第6回世界会議に参加した。会場周辺の施設はアクセシビリティを高めるための工夫が随所に取り入れられていた。コミュニティー全体で障害者を包摂した社会づくりを進めようとする共同体意識を感じた。最近も、日本の国会で重度の障害者が議員として参加できるようになり、日本国内でインクルーシブ社会への進展が見られている。
他方、障害者に関する施策では日本もまだまだすべきことがある。ただ、完全に正しくこの分野に対応できている社会は世界に一つもなく、すべての社会で改善の余地はいくらでもある。
私たちは日本に限らず、多彩なドナーと非常に密接な協力を展開している。国際開発金融機関(MDBs)も障害包摂に関心を寄せており、米州開発銀行(IDB)にも私のような障害アドバイザーがいる。また、ノルウェー政府、英国国際開発省(DFID)、米国国際開発庁(USAID)など、さまざまな二国間ドナーからの支援が増えている。
DFIDには障害に関する独自の政策があり、昨年は障害者をロンドンに招いて、世界初の大規模な国際会議を開催した。他のドナーでも、オーストラリアやドイツ、JICAも障害に関する方針を打ち出している。これらの方針を現実の仕事でどう実現していくか。誰にとっても大きな挑戦だ。