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世銀の改革と日本企業のビジネス機会 -調達ガイドラインの改訂は何を変えるか-(JOI機関誌5月号掲載)

2016年5月24日

(記事転載)

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板垣 慎一 海外投融資情報財団 調査部 副主任研究員
世界最大の国際開発金融機関、世界銀行(国際復興開発銀行(IBRD)と国際開発協会(IDA)で構成され、以下「世銀」という)では、組織改革が行われ、いま改革の真っ只中にある。2014年の機構改革に始まり、16年7月(予定)には、融資プロジェクトの入札手続を定める調達ガイドラインの改訂版の施行などが待ち受けている。新しい調達ガイドラインが施行されることにより、日本企業にとってのビジネス機会がドラスティックに変わるという声も聞くが、実際はどうなのか。12年7月に総裁に就任したキム総裁のもとで、何が変わるのか、世銀で長く融資プロジェクトに携わった職員へのインタビューも通じて、その実態をレポートする。

世銀とは

世銀の機構改革の説明に入る前に、そもそも世銀とはどういった組織なのか少し触れておきたい。
世銀は、国際連合が国連憲章第57条で定める専門機関で、1944年に米国ブレトンウッズで開かれたブレトンウッズ会議において、第二次世界大戦の舞台となった欧州・日本などの戦後の復興を目的に設立することが決まり、翌45年に設立された組織である。時代の流れとともに、世銀の目的も、戦後復興から開発途上国支援へと変遷し今に至り、そのための改革もこれまで何度か行われてきた。また、その組織自体も、単一の機関から5つの開発機関が緊密に結びついたグループへと変化した。

世銀の最高意思決定機関は、総務会(Board of Governors)であるが、新規加盟の承認、資本の増減、加盟国の資格停止等の重要事項を除き、その権限の大半を理事会(Board of Directors)に委任している。理事会は、総裁を議長とした各加盟国出身理事の25名にて構成され、通常業務の執行機関として業務を行っている。

世銀の資金源は、主に加盟国からの資本と世銀債などによる借入によって構成される。IDAについては、3年に一度の増資でドナー国からの拠出も受けている。資本については、加盟国ごとの資本金の金額割合に応じて世銀の議決権が与えられている。2015年6月現在、議決権が最も多い上位5カ国は、米、日、中、独、仏の順となっている。今日では、融資、保証、技術協力を通じ、開発途上国支援を行っている。

世銀の2015年度の地域別の融資承認実績(IBRDおよびIDAの合計)においては、アフリカ向けの割合が最も大きい(計27%)。また、東アジア・太平洋および南アジア向けの合計(計33%)のうち、かなりの部分がアジア向けと考えれば、実際にはアジア向けが地域別では最も大きいという見方も可能であろう。

図1 世銀による2015年度地域別融資承認実績

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出所:世銀東京事務所より提供

 

世銀の機構改革

世銀は、2012年7月に就任したキム世銀総裁のもとで、時代の流れも踏まえ、さらなる世銀の組織改革に取り組んでいる。1つめは機構改革。機構改革前の世銀は、地域総局が借入国政府等(以下「借入人」という)に対する窓口や融資プロジェクトの担当局という位置付けで、当該局の中にさまざまなセクター専門家が配属されているというものだった。

キム総裁は、各地域局の中でそれぞれ培ってきた知見・ノウハウを地域横断的に共有し、より効果的な開発支援を目指そうとする目的で、1) 世銀が培ってきた経験やノウハウをセクターごとに集約し、セクターごとの課題を解決することを目的に設けられた14のセクター部局「グローバル・プラクティス」(以下「GP」という)、2) 借入人に対する窓口業務を行う6つの「地域総局」、および 3) 多くのプロジェクトに共通する気候変動、ジェンダー、労働などのテーマを扱う4つの「クロスカッティング・ソリューション・エリア」(以下「CCSA」という)に分けられることになった。

世銀の組織に馴染みのある方には、少々わかりにくく映るところもあるが、従来の考え方に沿ってわかりやすく概説すれば、地域総局では借入人と定期的に作る国別援助方針の策定を主な業務とし、GPでは実際の融資プロジェクトの実施を主な業務(実際には、Task Team Leaderと呼ばれる融資担当官がプロジェクトの責任者として担当する)とし、CCSAでは課題に応じて、それらを補完することを主な業務としている。

図2 世銀の各部局の構成図

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出所:世銀東京事務所より提供

 

調達ガイドラインの改訂(新・調達フレームワーク)

キム総裁のもとでのもう1つの改革が、調達ガイドラインの改訂である。世銀には、従来、1) 借入人が、企業などから物品・役務の提供を受けるために入札を行い、その応札書類を評価し、落札者を決めるために制定された調達ガイドライン、2) 借入人が、世銀の融資プロジェクトにおいて、コンサルタントを雇用するためのコンサルタント雇用ガイドラインの2つの調達ガイドラインがあった。これは、企業が世銀の融資プロジェクトの入札手続に参加するために必要なプロセスなどが記載されているものであるが、2015年に、これら2つを統合し、より効果的に案件形成を進めることを目的とした新・調達フレームワークのドラフトが発表され、実施は16年7月1日を予定している。これは、約半世紀ぶりの大改革であると言われている。新・調達フレームワークのために整備された各種文書注、および主な変更点を整理したところ、概要は以下のとおりである。

1) Value for Moneyの導入
Value for Moneyとは、入札評価基準に、従来のような「価格的要素」のみならず、「非価格的要素」も必要に応じ取り入れるものである。これは、「最低価格落札者(lowest evaluated compliant bid)」ではなく、「最良価格落札者(best value bid)」を選定するために取り入れた概念であり、今回の改訂の最も重要な要素となる。この Value for Moneyを導入するに当たっての主な評価手法は、以下のとおり。

(イ)ライフサイクルコスト
運転・メンテナンスコストが初期投資コストに比して大きな場合に導入するものである(これらのコストは、割引現在価値で評価される)。メンテナンスコストが小さい場合は、従来同様の初期投資コストを適用する。

(ロ)Rated-type Criteriaの導入
Value for Moneyを達成するために、価格だけでは判断ができない項目(業務計画の妥当性、調達の持続可能性などの「非価格的要素」)についても評価点(Rated Score)として判断基準に織り込むもの。

(ハ)最終評価の考え方
最終評価の点数は、上記(イ)の考え方に基づき求められるコストと、上記(ロ)の「非価格的要素」を評価したRated Scoreの合計で決定される。Rated Scoreについては、通常、合計点の30%を上限に、評点にカウントすることが可能(特殊な事例として50%を上限とするものもある)。これは、現行のコンサルタントの選定プロセスに近いと言われている。

(ニ)Competitive Dialogueの導入
スコープが複雑な案件については、それに適したスペックを決定するため、P/Qで選別された会社との間で応札書類を提出する前に、当該内容について、借入人がその会社と議論するもの。なお、その際のコマーシャル上の主要ポイントは、同意なくして他社に開示されない。

注:従来のOP11.00、BP11.00、調達ガイドライン、コンサルタント雇用ガイドラインに代わり、1) 世銀スタッフのためのProcurement Policy、Directive、Procedure、2) 借入人のためのProcurement Regulations が整備された。https://consultations.worldbank.org/Data/hub/files/consultation-template/procurement-policy-review-consultationsopenconsultationtemplate/phases/phase_ii_the_new_procurement_framework_-_board_paper.pdf

 

2) 極端な低価格応札への対応
極端な低価格(abnormally low bids)での応札がなされた場合、技術面の妥当性をより厳しく検証することが求められ、妥当性が損なわれると判断されれば失格になることもある、といった厳しいプロセスが敷かれることになった。

3) 異議申し立て期間の導入
新ルール上、世銀が入札評価レポートの事前確認を行う案件については、借入人がその世銀による事前確認を経て落札者を公表することになるが、その公表後から契約実行まで10営業日以上設ける必要がある。これは、透明性の観点から、落札者を決定するまでに異議申し立て期間を設けるためである。

4) 国内企業の優先条項の削除
複雑なプラント調達について、国内企業を優先する条項が除外された。

5) リース資産・中古品の調達
調達コンポーネントに、リース資産や中古品を含めることが可能となった。

6) 世銀の案件監理の強化
世銀による、入札時・契約前の案件監理のみならず、契約後の案件監理も強化された(コントラクターに対する支払が滞った場合など、世銀として関与できる契約マネジメントに限界があったことなどの事例を踏まえた改訂)。

7) 他の調達ガイドラインの適用 (Alternative Procurement Approach(APA))
新・調達フレームワークが求める腐敗防止も含む調達に係る基本原則に合致することが確認された場合において、他の二国間金融機関や地域開発金融機関の調達ガイドラインを適用することも可能となった。

8) Systematic Tracking Exchanges in Procurement (STEP)の開発
過去の失敗事例や調達にかかわった企業のパフォーマンスなどのトラックレコードを蓄積管理するためのオンラインシステムSTEPを開発し、世銀スタッフや借入人側が、調達監理における判断材料に活用できるよう整備された。

主に、左記1) Value for Moneyの導入を通じて、納入する物品調達の初期コストを主とした価格競争だけではなく、メンテナンスコストなども加味し、プロジェクトのライフサイクルコストを考え、借入人と企業が議論を尽くして契約に纏まとめることが求められることになるという今回の変更は、世銀の融資プロジェクト等に関心を示す日本企業にとって追い風となると考えている。

新・調達フレームワークは制定されたが、まだ施行はされていない。今後、(イ)標準入札書類を含む25にもわたる標準調達書類の整備、(ロ)調達フレームワークを実際に運営するために必要なガイダンスノートの策定、(ハ)世銀スタッフ・借入人・企業向け説明会も含めたトレーニングの実施(トレーニングにかかる費用を募るための目的限定のトラストファンドを設立予定)、などが整えられ、2016年7月1日以降に承認されるPID(Project Identification Document)の対象プロジェクトから順次適用されていく予定である。

 


Interview「日本企業にとっての”勝(商)”機」

今回の世銀改革・調達ガイドラインの改訂は、日本企業にとってのビジネス機会のさらなる創出につながるといえるかどうか、その実態について、1989年から世銀において、これまで数多くの上下水道融資業務のタスクマネジャーなどを歴任し、現在、世銀東京事務所で、ビジネスインフォメーションアドバイザーを務める池上氏に聞いた。

板垣 今回の調達ガイドラインの改訂で、いかなる点が日本企業のビジネスにとって追い風となるのでしょうか。

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池上隆夫ビジネスインフォメーションアドバイザー
池上 最も大きいのは、価格評価の基準が大きく変わったことだと思っています。これには、日本政府が掲げる「質の高いインフラ」と関係があります。そもそも「質が高い」というのは、一般的にスペックが高いことが「質が高いことである」と誤解されがちですが、実はそうではないと思っています。世銀が求めているのは、プロジェクトライフを基準にコストを考えるということです。もう少しわかりやすく言えば、日本企業が強みとする物品の耐久性およびアフターケア/メンテナンスといった部分も勘案しコスト競争ができるということです。初期コストがどんなに廉価でも、膨大なメンテナンスコストがかかる外国勢からの物品調達と比較すれば、受注実績が低かった日本企業も、物品の耐久性およびアフターケア/メンテナンスといった部分を強みとして十分に生かし競争できる環境になると考えています。

板垣 借入人にとって、Value for Moneyを念頭においた入札評価は、難しく、事務コストが嵩かさむと思われますが、いかなる仕組みで、借入人にValue for Moneyを活用するようなインセンティブを働かせるのでしょうか。また、世銀スタッフは、ライフサイクルコストをどのように評価するのでしょうか。

池上 従来のように、初期コストだけで競えば、膨大なライフサイクルコストが借入人に降りかかる構造に逆戻りしてしまうのではないかと考えています。借入人としては、そういったことは避けたいと思うのではないでしょうか。もちろん、新・調達フレームワークを実施していくうえでは、借入人も世銀スタッフもかなりのトレーニングが必要となると思っています。世銀としては、円滑に事務を進めていくために、標準入札書類を含む25にもわたる標準調達書類の整備やガイダンスノートの策定、トレーニング費用をカバーするためのトラストファンドの設立などを計画しています。 

また、コンサルタント雇用に係るプロセスに関しても変更しました。はじめに、従来は、関心表明に際し、Terms of Reference(以下「ToR」という)の概要を記載すればよかったのですが、今後は、概要ではな くFull description of ToR、つまり、より詳細なToRの作成がショートリストの段階で求められることになりました。加えて、ショートリストには同じ国から2社以上含めることが可能となりました。

さらに、2010年以降、Cross Debarmentというものが設けられ、世銀の調達で何らかの不正を行い失格となった場合、他の4国際開発金融機関(アジア開発銀行、米州開発銀行、アフリカ開発銀行、欧州復興開発銀行)の入札への参加ができなくなりました。当該機関において失格となった場合、世銀の入札に参加できなくなるということもまた同様で、参加企業としては、注意が必要となるでしょう。

板垣 今回の改訂が目指していることはよく理解できました。確かに、世銀が求める「質の高さ」を念頭におけば、日本企業の強みを上手く活用できるのではないかと思います。しかし、Competitive Dialogueに代表されるように、自社製品の質の高さを説明するためのプレゼン能力、英語力などが問われてくるのではないかと思います。これは、日本だけではなく、他の非英語圏の応札者に関しても言えることかもしれませんが、英語圏の応札者と競争するなかで、どのような形でその課題の穴埋めをしていけばよいのでしょうか。

池上 プレゼン能力、英語力はもちろん、自前でできるのであれば、それに越したことはありませんが、現実はそう簡単ではないでしょう。実際に、欧米も含む外国企業の場合、応札書類の作成補助を行うコンサルタントなどを活用するケースもあると聞いています。また、世銀の調達に参加した実績のない企業が応札する場合は、調達ルールは変わったとはいえ、手続き面や形式要件などで不利とならないよう、たとえば、応札・落札実績のある企業とタッグを組むというのも1つの選択肢かもしれません。

板垣 今後、日本企業が強みを生かし、世銀案件への参画を目指していくなかで求められる営業戦略など、もしありましたら、教えてください。

池上 企業は、まず何を売りにしたいかを考える、ということだと思います。そのうえで、広くプロジェクト情報を探り、売り込みたい商品の需要が大きい地域や国を特定して、入札に参加するということではないでしょうか。その後に必要となる各借入人との関係構築など、実際に深く物事を掘り下げるプロセスがきわめて重要であることから、どの国のどの分野で競争するかを特定することが成功のカギではないかと私は考えています。

 

(4月末日記)
※本稿は、筆者の私見であり、世界銀行の公式見解ではないことをお断りしておく。
※筆者略歴:1978年生まれ。2002年国際協力銀行入行、02年京都大学経済学部卒、09年米国デューク大学サンフォード公共政策大学院修士課程修了(M.A.)。02-04年ボスニア・ヘルツェゴビナ向け世銀協融「緊急電力整備事業」などを担当、09~11年メキシコ石油開発向け融資およびメキシコ政府との政策対話立ち上げを担当、11-12年本邦企業向けコーポレートファイナンスの担当を経て、12年5月から現職。JOIではASEAN諸国における電力セクター・投資環境調査、米州地域を含む産油ガス国調査、国際機関に関する調査などを担当。休日は趣味のバスケットボールのほか、ワシントンDC在住当時の高校時代の友人との交流を楽しむ。
 

 

世銀の改革と日本企業のビジネス機会 -調達ガイドラインの改訂は何を変えるか-(JOI機関誌「海外投融資」5月号掲載) (PDF)

 


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